古から生きるもの
〈オラクル教〉の教えにおける破壊者の立場は、かつて人を世界の端まで追い込んだ恐ろしい存在だ。そしてそれを生み出したのが破壊の神ゼスト、という話である。
戦いが起こった時も、創造の神オラクルによって生み出された種族はあくまで被害者側。
現実はどうだったかという話はともかくとして、実際に一時は人口が大いにすり減ったのは事実だ。人々がそこで心を一つにして強く生きていくためには、何か共通の敵が必要だったに違いない。
そうして生まれたのが〈オラクル教〉であり、今となってはそれこそが真実としてあがめられるようになった。
数十年から数百年が過ぎ、人々が過去を忘れ去り力を蓄えた頃。
初代ディセント王は人々を奮い立たせ、北方大陸の広い大地に野心を抱いた。
きっとそれには当時の〈オラクル教〉も一枚かんでいたに違いない。
この時各地に住んでいた破壊者を追い出すためにも、きっと〈オラクル教〉の教えは役に立ったことだろう。言葉を話せようが、あちらが交渉を持ち掛けようが、誇り高く戦おうが関係なく、人の敵として排除することができるのだから。
初代ディセント王は、いわば〈オラクル教〉が世界に野心を広げるための勇者でもあったのだ。
遠征は成功した。
初代ディセント王はまさしく英雄であったのだろう。
果たしてその建国の後、〈オラクル教〉がディセント王の手綱を握り続けられていたのかは疑問だが、今でも【ディセント王国】が【神聖国レジオン】の保護を続けているところを見ると何らかの密約はあるはずだ。
とにかく〈オラクル教〉の教えは数百年にわたって、人々の生活の根底にあり続けてきたのである。反証をいくつかぶつけて、どれだけそれが正しいことだったとしても、信じてもらうのは至難の業である。
特に【神聖国レジオン】で生まれ育った双子に対して、どこからハルカたちが知っている話を進めるべきかという判断は、中々に難易度が高かった。
ただ、ハルカはうまく説明してやりたい、と思っているだけで、双子がそれを理解できないとは思っていない。それはこれまでの関係値もあれば、マルチナの説を聞いたときのレオンの反応だったり、まるで冒険者のような未知なるものに対する双子の前のめりな姿勢からの判断でもあった。
ある程度事情を知っている、あのコーディが大丈夫だと送り込んできたのだからという信頼もある。
「……魔法使いは魔素を操って魔法を使います」
そんな誰でも知ってる基礎の基礎のような話を始める。
ハルカよりもよっぽど双子の方が詳しい分野だ。
しかし双子は野暮な突っ込みをせずに耳を澄ませていた。
そこからどんな話が飛び出してくるのか、楽しみ半分恐ろしさ半分である。
「世界にはいくつか、特にその魔素が溢れている場があります。真竜様たちはどうやらそこの管理や、世界に巡る魔素量の調整を任されているようです。これは複数の真竜様からうかがった話なので確かなことだと思います」
そしてハルカもまた、その役割を与えられているのではないか、とまでは話さない。これはあくまで推測であるし、自覚的に何かしているわけでもないからだ。自分を大きく見せるような話をすることをハルカは好まない。
それに話の肝はそこになかった。
「体に魔素を巡らせることが多い者は、老化が遅れ、寿命が延びる傾向にあります。もともと寿命の長い竜は、真竜となり、更に悠久の時を過ごしているそうです。一番若いとされる大竜峰に住むヴァッツェゲラルド様でも、すでに千年以上の時を過ごしています。真竜様の中でも最も長い時を過ごしていると思われるのが、南方大陸にすむ岳竜グルドブルディン様です。その体は山のようで、瞬きをするだけで巨岩が零れ落ちるほどでした」
双子はなんとなくグルドブルディンの姿を想像するけれども、ナギの大きさに驚いていた二人には少しばかり難しい。いや、双子でなかったとしても、実際にその姿を見てみないことには想像をすることは難しいだろう。
「グルドブルディン様は、一番近く人口が減少した頃のこと、神人戦争の頃のこともなんとなく覚えていらっしゃいました。そして破壊者のことについて尋ねた時に仰いました」
数千数万と年を過ごして来たグルドブルディンにとって、千年ほど前のことというのは『一番近く人が減った時期』でしかなかった。魔素が爆発的に増える度に人口が減るらしいこの世界は、すでに幾度か文明が衰退したことがあるのだ。
しかし、今大事なことはそこではない。
大事なのは、グルドブルディンの話した一つの言葉だ。
神を背中に乗せて旅をしたことのある真竜の、何気ない一言だった。
「破壊者は、『人間と相容れないことはあるが、同じ人であろう』と」
「話した後、冬は寒いからって寝ちゃったです。でっかい亀みたいな真竜だったです」
〈オラクル教〉の信者としては非常に重たい話となって、思わず口元を覆って考えこもうとしたレオンの頭に、巨大で可愛らしい亀のイメージが浮かびあがる。
そのせいで緊張した雰囲気が少しばかり緩和されてしまった。
「色々と細かい話はあるのですが、もっと核心に迫るような話もあります」
「……続けてよ」
ここまで来て聞くのをやめる理由はない。
レオンはのっそりと歩く巨大な亀を頭の隅に歩かせながら続きを促す。
「私たちは【ドットハルト公国】にある、巨釜山という山の頂上で、ブロンテスという一つ目の巨人に、神人戦争の頃の話を聞きました。……多分、聞けば驚くと思いますし、〈オラクル教〉では絶対に受け入れることができないような話です」





