振り返ってみれば地雷だらけ
レオンが再起動するまでには随分と時間を要した。次から次へと疑問が湧き上がってきて、やっぱり順を追って聞けばよかったかもしれないと後悔しているところだ。
「……これが一番大きな話ってことでいいですか?」
「はい、おそらく……、ええと、多分」
これ以上の衝撃がないのであれば、ちょっとだけ安心して話が聞けるだろうと確認したレオンに、ハルカはやっぱり曖昧な返事をする。
どの話が一番衝撃的かというのは、それぞれの性格にもよるだろうから断定は難しい。
特に〈オラクル教〉の神話と、ハルカたちが各地で真竜や破壊者たちに聞いた話は随分と食い違っている。
それがどれだけレオンに衝撃を与えるかは、ハルカから想像することは難しい。
「まぁ、いいや……。じゃあ今度こそ順番にお願い」
「お酒飲みますぅ?」
「……もらいます」
「ハルカさん、氷くださぁい」
グラスに丸氷が音を立てて転がり込む。
にこにこと人好きのする笑顔をしたノクトが、そこに酒を注いでレオンの前へと差し出した。優秀そうな若者が頭を悩ませているのは、ノクトからするとちょっとした見せ物だ。
美味しい酒の提供くらい何も惜しくない。
レオンも付き合いで嗜む程度には酒を飲んだことがあったが、自ら進んで酒を飲もうと決めたのは初めてのことだ。
琥珀色の液体をグッと口に含んでから、その刺激に驚きごくんと飲み込むと喉が焼けるようにカッと熱くなった。
慣れていない若者が飲むような酒ではなかったが、それでレオンの気持ちはグッと引き締まる。
「あ、俺も俺も」
「はいはい」
テオドラにも請われて、ノクトが酒を用意してやっているうちに、レオンは心を決めて身を乗り出し、改めて「お願いします」とハルカをじっと見つめた。
「実際〈忘れ人の墓場〉のアンデッドを討伐した後、近くに住んでいる破壊者であるリザードマンは、すぐにここの様子を確認しにきたんです」
思い返してみれば〈オラクル教〉の者たちが懸念した通り、ハルカたちがここを占拠していなければ、いずれはリザードマンと〈オランズ〉の冒険者は接触を持つこととなっていただろう。
その場合一般常識として敵対種族とされているリザードマンと冒険者たちは、殺し合いになっていたはずだ。
どんなにリザードマンたちが正々堂々と規則と誇りを守って戦おうとも、冒険者が勝とうと負けようと関係ない。〈オランズ〉は街をあげて、あるいは【独立商業都市国家プレイヌ】が国をあげて、リザードマンたちと向き合うことになったはずだ。
どちらかが一人でも死んだり大怪我をした時点で、衝突は避けられない事態になったはずだ。
そうしていずれリザードマンの里が平らげられれば、そのまま山のハーピー、小鬼、オークとの戦いが始まる。リザードマンと比べれば単純で、より話し合いが難しい破壊者たちと遭遇してしまえば、やっぱり破壊者は人の敵であるとより強く認識されたはずだ。
「リザードマンたちは誇り高い戦士です。強きを重んじ、弱きを守ることができます。いくつかの里を有し、敵対していたハーピーたちを許し、今では共に暮らしています」
「んでハルカはそのリザードマンの王様やってたドルに勝ったから、王様になったんだよな」
「え?」
余りに間を端折ったアルベルトの説明にレオンが眉を顰めると、ハルカは慌てて言い訳を始める。
「あ、いえ、全然自分から挑んだとかではないんです。ニルさんというリザードマンたちの中でも特別強い戦士の方がいまして……、その人の腰を治してあげたら成り行きで戦うことになってですね……」
「勝っちゃったんだ……」
「……はい」
「それで成り行きでずっと王様してるんだ?」
「……みなさん、いい人たちなので」
「まぁ、いいや。続けて」
「はい……」
レオンに責めるつもりはないが、ハルカも妙なことばかりしてきた自覚があるので、つい体を小さくしてしまう。
「私がお姉様と出会ったのはその後のことよね」
「あ、はい、そうですね。リーサ……、ディセント王国のエリザヴェート女王陛下と懇意にしていまして、先の内戦の手伝いをしていたんです。その途中で、えーと……」
ちらりとカーミラを見るハルカ。
説明の仕方によってはカーミラがひどく悪く聞こえてしまうデリケートな話だ。
「……人寂しくなった私が他の吸血鬼に騙されて辺境伯領を一つ占拠してたの。誰も殺してないし、今はもう領地は返したわ。反省はしてるけど、〈オラクル教〉の人たちからすれば……」
知られるわけにはいかない。
これもハルカたちの抱える爆弾の一つである。
もし知られて引き渡せと言われても、当然要求に従うつもりはないので、そうなったら全面的に戦うことになってしまうだろう。
規模感でいえば、王様をしていますの話と大して変わらない。
それでも一度強い衝撃を受けて、酒をグッと飲み込んだレオンは強かった。
「なんとなく騒ぎがあったらしいことは知ってたけど、そんなことがあったんだ……。それから?」
「ええと、ユーリの件で帝国に行った話はしましたっけ?」
「いや、あまり」
「ええっとですね、いろいろあってユーリが現皇帝陛下の母違いの弟であることが分かったんですが、話し合いの結果互いに手出しはしないという約束に至りました」
「……話し合い? っていうか何? 皇弟ってこと?」
ハルカがスッと目を逸らしたところで、アルベルトがまたも単純明快な注釈を入れてくれる。
「喧嘩する気で行ったんだけどな」
「……結果的にはしていないので。はい、してませんし、ユーリは相続権の一切を放棄しています。その辺りはまぁ、その、あまり今回の話の本筋には、関係がないのでいずれまた」
「え、めっちゃ気になるんだけど」
「うん、僕も気になる。けど今は続きね」
テオドラが興味を示すと、レオンもまた大きく頷いた。一緒に拾ったユーリの話なのだから当たり前だ。
「ユーリが一緒にいる時に話すですか」
「それがいいね」
モンタナが話をまとめるとレオンも同意して、視線でハルカに続きを促す。
「えーっと、そのあとは……。ああ、巨釜山の話になるんでしょうか?」
「その話するなら、真竜さまたちの話もしたほうがいいんじゃないかなぁ?」
コリンが話に割って入れば、モンタナも後に続く。
「エトニア王国のこともです」
吸血鬼に支配された国。
間違いなく良い印象は与えないが、あったことは包み隠さず伝えておくのが筋というものだろう。
ハルカはどこからどう話すべきか少し筋道を整理する。
その間レオンは内心でため息をついていた。
真竜とか、エトニア王国とか、またよくわからない話がどんどん出てきそうだから、油断をするわけにはいかないなと。





