この辺の王様
「そんな具合に色々と出会いがありまして」
イーストンに気圧されている双子に対して、ハルカはけろっとしたまま話を続けようとする。
「なるほどね。こんな理由があったから神殿騎士たちを拠点に近付けたくなかったんだ」
レオンは頷いてハルカの立場に寄り添う。
確かに何かあってこれがばれてしまっては一大事。
破壊者との混血という時点でイーストンは〈オラクル教〉の管理下に置かれかねない。そもそも混血の存在自体が禁忌でありそうなものだし、いったいどこの誰が被害に遭って、加害者の吸血鬼はどこにいるのかって話になってしまう。
非常に繊細な問題だ。
テオドラもイーストンの微妙な立場を想像して渋い顔をする。
「一応言っておくけどね。僕の父と母はきちんと愛し合っていたよ。そんなに深刻そうな顔をする必要はないから」
ハルカにしてみれば当たり前のことだから、なぜわざわざそんな話をするのかと首をかしげたくなるが、〈オラクル教〉の世界で生きてきた双子にとっては衝撃の言葉だった。
「そのうちイースさんのお父さんにも挨拶をしないといけませんね」
「船ができてからでいいんじゃない?」
イーストンがそこまで乗り気でないのは、父が中々の親バカであるからだ。
人前ではそんなところを出さないにしても、あふれ出る雰囲気までは隠せない。特にモンタナなんかには丸っとお見通しになってしまう。
最近では特に用がなければ会わせなくてもいいのではないかなと考えていた。
「ええと、順番的には……」
数年前の記憶をさかのぼると、イーストンと出会った後に遭遇した破壊者は巨人。
ここではなかなか厳しい現実を突きつけられたが、その後に出会った相手が、誇り高く思慮深いリザードマンたちであったのがよかった。
ハルカはその辺りの話をいったんスルーして、今ここにある現実を先に双子に説明することにする。すでに見知った人と変わらない見た目のものの方が受け入れやすいから、というのを言い訳として、より面倒な話を後回しにした形だ。
双子が受ける衝撃のことを考えても間違ったやり方ではないが、どちらかと言えば自分のためである。
「……ええと、カーミラ。自己紹介をお願いしてもいいですか?」
「カーミラ=ニーペンス=フラド=ノワール」
「その変わった名前は、吸血鬼ってこと?」
容姿と名前から察したレオンが尋ねると、カーミラはにっこりとほほ笑んで答える。
「賢いわね、正解よ」
半分は人であるイーストンはともかく、純粋な吸血鬼と言われると、どうしても文化的には警戒の目を向けてしまう。カーミラにはそれがわかっていたけれど、非難することも悲しむこともしなかった。
〈オラクル教〉のことや双子の育ちのことなどは聞いて知っていたから、むしろこの程度で済んでいることに驚いたくらいだ。
「確かにやたらと美人だけど……。まさかハルカも実は吸血鬼だったとか言わないよな? お前目が赤いし」
「違いますよ」
ハルカはさらりと答えたが、実際のところはよくわからない。
もしかすると耳がちょっと長くて肌が褐色な吸血鬼の可能性もあるけれど、太陽光に弱いってことはないのでおそらく違うだろうってくらいだ。
「ごめんハルカさん、ちょっと小出しにされると心臓に悪いからさ、まとめて教えてもらってもいい?」
なんでも受け入れるつもりでいるけれど、この調子で小出しにされてはいつ話が終わるかわからない。ならばいっそ一番大きな枠を聞いてから細かい部分を詰めたほうが、まだ精神的疲労が少ないとレオンは考えたのだ。
「……本当に大丈夫ですか?」
心配そうに、あるいは不安そうに問い返されてしまうと、レオンだって不安になる。うっとなって悩んでいるうちに、テオドラが笑って手を振りながら答える。
「どうせ聞くんだからそれでいいって」
「レオンも?」
「……お願いします」
腕を組んでしばし悩んだ後、レオンは手を膝の上に置いて神妙な顔をして頷いた。
「ええと……〈混沌領〉はご存じですね」
「まぁ、今回の話の発端みたいなものだし」
「ちょっと地図を見てください」
ハルカは用意しておいた巻物状の地図を、テーブルの上にごろりと転がした。そうして上から透明な障壁をかぶせ、丸まらないようにテーブルに押し付ける。光源を天井に浮かべてやると、レオンは恐る恐る、テオドラは身を乗り出して地図を眺める。
「ふーん、リザードマンがいるとこかなり近いな。ここの奥にある森を抜けたとこだろ? っていうかこれ、ハーピーと一緒に住んでるってこと?」
地図にはそれぞれの破壊者種族が住んでいる場所に、名前が書きこまれている。破壊者について学んだことのあるテオドラは、その種類の多さと分布がまず気になったようだ。
「はい。破壊者たちの中には、共に暮らしている種族もいます」
明らかに現地で見てきたような返事に、双子はこの地図がハルカたちが作ったものであると気づく。
今広げられているものは、元々冒険者が好んで使う枠だけの地図だった。
その中にハルカたちが必要な情報を書き込んでいった結果出来上がったものだ。
例えば遺跡の場所や、森でオークに遭遇した場所等もチェックされており、他人から見ればよくわからない表記も多々見られる。
「〈混沌領〉の地図? 随分詳細、なのかな。それに〈ノーマーシー〉って書いてあるけど、これは街だよね?」
「はい、その通りです」
「あとさ、もしかして、種族の名前を丸で囲ってあるのって意味ある?」
レオンはなんだか妙な胸騒ぎと共に質問を投げかけた。
小鬼、オーク、半魚人などが名前だけ書かれているのに対し、混沌領全土に散らばっている様々な種族の名前が丸で囲われている。
「はい。……その丸で囲われているところに住んでいる破壊者の方々とは交流があります」
「交流……? ほとんど全部じゃない?」
「はい。その、落ち着いて聞いていただきたいのですがいいですか?」
「……ちょっとだけ待って」
ここまで来てしまえばさっさと話したいハルカと、あまり聞きたいとは思えないレオン。いつの間にやら立場が逆転しているが、レオンは大きく深呼吸をしてから「お願いします」とまた姿勢を正した。
「私、その丸がついている方々の王様を拝命しまして……。ですから、人族と争いにならないようにしたいんです」
「…………すっげ」
レオンは絶句。
前のめりでわくわくして聞いていたテオドラも、辛うじて称賛らしき声を上げただけにとどまった。
「いえ、皆さん本当にいい人たちで……。一部喧嘩っ早い方々もいるにはいるんですが、それも冒険者と比べてもさして変わるものではなくて……」
ハルカの精いっぱいのフォローも、今のレオンにとっては右から左へ流れるばかりで、あまり意味をなしていなかった。





