途上
サラのパーティには魔法使いが二人いる。
その分前衛の負担が大きくなりそうなものだが、アルビナを遊撃として二人の盾持ちがいるので問題はないそうだ。後衛が狙われた場合にも、サラが素早く障壁の魔法を展開することができるので、守りにはあまり心配がない。
魔法使い二人、という構成からは想像できないほど、異様に防御の硬いパーティができあがっているようだった。
一生懸命に話をしていたサラは、昼前にはパーティの訓練があると言って手を振って去っていった。休みと言っても完全にフリーというわけではなかったらしい。
「やっぱ実戦だよな……」
サラの目覚ましい成長を聞いて、テオドラが難しい顔をして呟く。
テオドラは学術的なことや理論は十分学んできたし、立場を同じくする者たちと比べればレオンと共に実戦を重ねてきたつもりだ。
それでもハルカたちと共に狼たちと戦ったときの緊張感はなかったし、実際に迫りくる敵相手に魔法を使ってみないと、自身がどれだけの成長をしたのかが分かりにくい。
冒険者となったサラの活躍を羨ましくなっての呟きであった。
レオンも似たような感想は抱いたけれど、テオドラほど感情を揺さぶられなかったのは、これからいくらでもそんな機会があるだろうと想定しているからだ。
神殿騎士の上澄みというのは、ただ強いだけの人たちではなく、それこそ神がかったような勘の鋭いものもいる。それらが問題を起こすほどの何かをハルカたちが抱えているのだろうと推測するのは容易かった。
だからこそ面白い。
天才といわれた自分たちにとっての未知が、ハルカたちの周りには溢れんばかりに存在している。レオンはハルカの人柄はもちろん、その自分からすれば謎めいた生き方にも強い魅力を感じていた。
街の拠点を管理しているコート夫妻に挨拶をして、ハルカたちはナギの背に乗り込む。
背に乗っただけで足がすくむほどに高い場所にいることになるのに、すぐに空に舞い上がると、ぐんぐんと人が、家が、街が小さくなっていく。街の人々が恐れることもなく、当たり前のようにそれを見送っていることにレオンは驚愕した。
レオンは飛竜を使った部隊が存在することを知っている。
そしてそれらがどんな戦果をあげるかもだ。
ハルカの魔法を考えれば、いや、ナギが単体で空を飛んでいるだけでも、街一つ容易に消せるほどの脅威であることを知っている。
そこからレオンが感じたことは、街の人たちの能天気さではなく、ハルカたちが本当にこの街で信頼を勝ち取っているのだろうという事実だった。そもそも街の一等地にこれほど巨大な飛竜の発着場を準備する時点でそれはうかがえる。
他の街からやってきて、門をくぐったところにいるナギを一目でも見たものは、絶対にこの街を侵略しようだなんて思わないことだろう。よほど使命感の強いものか欲にまみれたものでない限り、反抗しようという意思すら根こそぎ奪われるはずだ。
レオンにとっても、神殿騎士の上澄みというのは想像できない強さの者たちである。それでも彼らがハルカたちと敵対しかねない意思を見せたことが、まったくもって理解できなかった。
街についてすぐに騎士団長であるデクトと話したことがあった。
〈竜の庭〉との仲を取り持ったり、という話をしたとき、両手をとって真摯に『本当に頼む』と言われた時は、少々大げさではないかと思ったが、ナギの姿一つ見ただけでもレオンにはそれが理解できてしまった。
「なんか難しい顔してるね」
レオンが端っこで流れる景色を見ながら考え事をしていると、不意に横から声をかけられる。すっかりナギの背に乗ることも慣れてしまったコリアであった。
昔からの知り合いということで【ロギュルカニス】からやってきた一行は、自己紹介を少しばかりしただけで、あとは身内だけでずっと話し合いをしていたのだ。いよいよ本格的に港と船作りが始まるのだから、じわじわと細かい数字を出していかなければならない。
最高のものを作り上げるために、話しておかなければならないことは山ほどあった。
コリアとアバデアは、レオンを挟むようにして左右に腰を下ろす。
昔のレオンだったら知らん顔をしてあしらっていただろうが、流石にもうそんなことはしない。
「昔からの知り合いなんじゃろ? 色々考えているようじゃが無駄じゃぞぉ」
なれなれしいドワーフはアバデアで、ひげもじゃの顔は妙に楽しそうだ。
「ハルカさんが無茶苦茶なのは前から知ってるよ」
「知れば知るほど無茶苦茶だけどな」
比較的知的な雰囲気を漂わせているコリアにそう言われると、少しばかり不安も頭をよぎるレオンである。
「でもなぁ、儂らはその無茶苦茶に命を救われた。ま、あの人のやることならどんなわけわからん事でも、悪事じゃねぇんじゃろうなと思っちまう。まったくもって不思議な人じゃ」
レオンはじろっとアバデアを睨む。
大きくなってからそんなことは珍しかった。
愛想よく、人と仲良くやる方が何かと得だと理解していたからだ。
それでも子供の様に、不満そうな表情でアバデアを睨んでレオンは言った。
「だから、知ってるってば。僕は何も心配はしていない」
知ったような顔をされるのは気にくわない。
知り合って以来ずっと憧れてきたのだから、不満の一つくらい漏らしたって許されるだろうというのがレオンの態度に現れていた。
「うはっ、はは! なんじゃ、そういう感じか。心配して損した!」
「なるほどね。ふーん」
「何さ」
両脇からにやにやとみられると、なんだか恥ずかしくなってつい子供に返ったような反応をしてしまう。これもまた、久々にハルカにあったせいなのかもしれないと、レオンは内心で言い訳をする。
「別に何でもないよな、アバデア」
「そうじゃなぁ?」
すっかり成長したレオンには、大人たちが自分をからかっていることがわかっているから、あえて子供っぽく目を合わせずに、二人を無視してやることにしたのだった。





