あの子たち
海の上を少しばかり横切り、途中人気のない場所で休むことを幾度か繰り返す。
領主や兵士たちに余計な手間をかけてしまうので、ナギと一緒に行動する時は街に近付かないのが吉である。
自然と森であったり、秘境のような場所で休むことになるのだが、探索をしていると時折そこの主のような魔物に出会うことがある。
アルベルトたちが嬉々として戦いに行くのだが、結構本気でやらないと返り討ちにあいそうな強力な魔物に出会うようなこともあり、改めてこの世界には危険が多いのだなと痛感するハルカである。
人々が街に壁を作ってあまり旅をしないのも当然であった。
そうして数日空の旅を過ごし、山脈を越えて拠点へと向かう。共に旅をする間にサキも仲間たちには随分と慣れたようで、話を聞いてふんふんと頷いていることも増えた。
ハルカにばかりくっついていた時期は早くも卒業しそうである。
夜も遅くにオランズの街上空へついたので、買い物でもして行こうかとゆっくり街の拠点の庭へ着陸。今はまたコート夫妻が屋敷の管理をしてくれている。
静かに着陸したが、ナギの存在感をごまかすことは難しく、ご近所さんが数名顔を出したのでハルカはぺこぺこと頭を下げて騒がせてしまったことを謝罪する。あちらも街の英雄に謝罪をさせたいわけではなかったので、気にしないように言ってさっさと引っ込んでいった。
「あ、おかえりになったんですね」
ダスティンがハルカたちを迎えに出てきて、安堵したように「よかった……」と小声でつぶやいた。
「なにか問題でも……?」
「あ、いえ、問題はないんですが。とにかく、お疲れでしょうから今日はお休みください。話は明日の朝で大丈夫ですから」
「いえ、気になるので今日のうちに」
そんな話をしているうちに、仲間たちが次々とダスティンに挨拶をしながら屋敷の中へ入っていく。隣にはサキが手を体の前に重ねて姿勢正しく待っている。
「では……と、そちらは?」
「サキさんです。これから拠点の仲間に加わります。サキさん、こちらダスティンさん。私たちの仲間です」
「よろしくお願いいたします」
丁寧にしかし柔らかく頭を下げたサキにダスティンは慌てる。
「そんなご丁寧に。サキさんもお疲れでしょうから中へ入ってお休みください。お部屋は妻が案内しますので。さ、ハルカさんも、中へ」
〈オランズ〉は南方大陸に比べると寒い地域だ。
雪こそそれほど降らないが、この時期は日が落ちると氷点下まで気温が下がることもある。
それぞれが部屋に荷物を置いている間に、ダリアが温かいお茶をテーブルに用意してくれる。仲間たちが足を伸ばして寛ぐ中に、サキもちょこんと座っていた。もともと巫女総代をしていただけあって、案外エニシが世話焼きで、隣に招いてお姉さん面をしている。
いや、実際にかなり年上であるのだが、見た目の年齢はサキの方が上なので、背伸びしている子供のように見えてしまうのだ。エニシは立派に役目をこなしていたのだろうが、巫女たちの間でもあの調子で好かれていたのかもしれない。
「それで、問題とは?」
「いえ、問題はないのです。ハルカさんたちが帰ってくるのを待っている子たち……お客さんがいるんですよ。ここのところ毎朝やってきて、うちの娘と話をしているのですが……。レオンさんとテオドラさんという双子なんですが、ご存じですよね?」
「あ」
そういえば学院を早めに卒業してこちらへ来るという話だった。
時期的には確かにそろそろ来ていてもおかしくない。
バタバタとしていてすっかり忘れてしまっていた。
ついでにその時貰っていた手紙で、バルバロ侯爵のもとを訪れる件も思い出す。
todoリストを用意しとかないとまずいなと、ハルカは一人反省をする。
「へー、あいつら来てんだ」
アルベルトが楽しそうに声をあげる。双子の妹の方であるテオドラとは特によくしゃべっていたので嬉しいのだろう。半分喧嘩みたいなやり取りだったので、見ているハルカとしてはドキドキしてしまうのだが。
「もう半月くらい滞在していて、時折サラが相手をしてくれるのですが……。それなりに待たせてしまっているので帰ってきてくださってほっとしたというわけです」
「すみません、お伝えしておけばよかったです。間違いなく私たちのお客さんです」
「いえいえ。明日もいらっしゃると思うので、そこからはお任せします」
「ありがとうございます」
「ついでにサラにも会ってやってもらえると喜ぶと思います」
「そうですね、折角なので」
それからハルカは旅の間の話をちらほらとしながら、少しだけコート夫妻と一緒に酒を飲んだ。
アルベルトとコリンは早めに休んでしまった。
コリンは割と強いのだが、アルベルトは飲むたび頭痛にやられるので、最近ではすっかり飲酒を避けるようになってしまった。彼の憧れの冒険者は酒に強いのだが、残念ながらその適性はなかったようである。
同じタイミングでレジーナも休み、サキのことはエニシが手を引いて部屋へ連れていってくれた。
酒に付き合ったのはモンタナとカーミラだけだ。モンタナも最終的にはべしょっとテーブルに身を預けていたが、酒を飲むことは割と好きなようである。眠たそうな目がさらに半分くらいになるが、尻尾をゆらゆらと揺らしており機嫌はいい。
カーミラは肌が白いからかやたらと頬が紅潮して見えるが、こちらは割と酒に強いようで、酔っぱらっている様子はなかった。効果としては、少しばかり見た目が色っぽくなるくらいか。
ほんの一時間程度のんびりとした時間を過ごしたハルカは、気持ちよく布団にくるまって目を閉じる。
双子が拗ねてたらどうやって謝ろうかな、なんて考えるハルカの想像する二人の姿は、成長した姿を見たことがあるというのに、出会ったばかりの小さな子供のものであった。





