後始末、前準備
二人がナギの背に乗って、さぁ用事はいよいよ終わりといったところで、水面に大きな大きな影が現れラーヴァセルヴが目から上だけを覗かせた。
『早い再会だが何かあったか?』
「この島に悪さをした人を運んできました」
『ほう、忘れなければ覚えておこう。それだけか?』
「はい、それだけ……。……あの、ラーヴァセルヴ様。ゼスト様はお話しするときによく身振り手振りされる方でしたか?」
そういえばと夢のことを思い出して尋ねてみると、ラーヴァセルヴ様はじゃぼんと一度湖に潜ってからまた頭を出して答える。
『ふむ、そうじゃな。お前とは違ってあまり落ち着きがない方だ。見かけたか?』
「いえ、変な夢を見たものですから」
『夢か。しかし本物かもしれんな。あの方なら人の意識に入り込むことだってあるだろう』
ラーヴァセルヴは目を細めて語ったのち、頭を下げているボルスや、固まっている十頭の面々を見てゆっくりと湖に沈んでいく。
『気分で動く方だからあまり気にすることもなかろう。そこの子供も怖がっているようじゃからこれくらいにしておくか。ではな』
こっそりと少しずつ高度を上げていることに気づかれたナギはぎくりとする。
ぐっと深いところまで潜ったラーヴァセルヴの影が見えなくなると、ナギはそろりそろりと高度をさらに上げて、〈フェルム=グラチア〉に向けて飛行を開始した。
「……こっわ」
ナッシュが一言呟けば、続いてヒューダイが額の汗をぬぐう。
規格外の存在というのは、相対するだけで肝の冷えるものだ。
見るからに巨大で強そうなラーヴァセルヴの姿を見て、アードベッグは内心、やはりハルカもあんな感じなら話が早いのだがと考えていた。結構余裕である。
十頭を〈フェルム=グラチア〉へ案内したら、今度はそのまま〈マグナム=オプス〉へ取って返す。帰り道にはついでにアキニとヒューダイをのせての移動となった。
彼らは〈マグナム=オプス〉に投獄している海賊頭領たちの罪状の確認と、連れてきた住民を街に招き入れる準備のために同行している。
もし罪人たちが暴れるようであれば、アキニがその場で斬り捨てることになるだろう。頭領たちは一筋縄ではいかない性格をした者ばかりだから、半数以上はその剣の錆となりそうだ。
帰り道もエニシは出かけと同じようにハルカの足の間に座ってダラダラと過ごしている。
【神龍国朧】の巫女総代としてはあるまじき姿だが、今はただのエニシだ。
見た目だけならば特に違和感はない。
年齢を考えるとちょっと待ったとなってしまうが、本人もハルカもあまり気にしていないので咎めるものは誰もいなかった。
「神龍様がラーヴァセルヴ様と同じ存在なのだとしたら、あそこで何を守って下さっているのだろうなぁ」
ハルカにはなんとなく思い当たる節がある。
文化を聞けば日本によく似ているその国では、時折大きな地震があるとエニシが言っていた。
「そうですね……。もしかすると地震などの災害を抑えつけてくれているのかもしれません」
「ふむ……、それでも大陸よりはずっと多く地震は起きているぞ? 年々数も増えている」
数が増えているというのは気になるが、予測を否定するには少しばかり弱い反証だ。
「ヒューダイさん、焔海の火山は時折噴火したりしませんか?」
「ええ、よくご存じですね。大規模な被害をもたらすことはありませんが、煙を噴きだすことはしょっちゅうですし、溶岩が流れることも数年に一度あります」
「ありがとうございます。とすると、抑えつけてなお地震が起きていると考えるのが自然かもしれません。確か【神龍国朧】はかつて一つの大きな島だったのですよね?」
「そうだと聞く」
「大きな地震が大地を割った可能性はありませんか?」
「なるほど……、確かに」
色んな予測は立てられるが、これはあくまで雑談であり、知ったからと言って何かが変わるわけではない。二人は時折ヒューダイに意見を求めながら、ああでもないこうでもないと、【神龍国朧】と神龍に対する考察を続ける。
それはヒューダイにとっても興味深い話題であったらしく、何かわかったことがあればいつか教えてほしいと、年甲斐もなく目を輝かせていた。
〈マグナム=オプス〉にたどり着いたころには日が暮れ始めていた。
街の中に入っていく十頭の面々に対して、ハルカたちは外でナギと一緒に待機する。数日もすれば街の外にいる海賊たちの被害者も、街で受け入れられてそれぞれ仕事を割り振られていくはずだ。
ハルカたち一行はアバデアたちが戻ってくれば〈オランズ〉へ帰ることになるから、その行く末を見届けることはない。
いつかまた街へやってきたときに、住民たちが今よりも人らしく暮らし、人らしく笑っていることを願うばかりだ。
夜になって辺りが落ち着いたところで、仲間たちとたき火を囲う。
その中にはエジュウヨンの姿もあり、ハルカの方をちらちらと気にしながらも大人しく輪の一部になっていた。
「彼女の名前、考えてくれましたか?」
ハルカがコリンにこっそりと尋ねる。
「んー、説明はしたけど、名前を付けてもらうならハルカが良いみたいだったよ。聞き出すの大変だったんだからー」
「あ、そうですか……。どうしたものでしょうね」
実はコッソリと考えてはいたが、なかなか良いものが思いつかない。
まして相手は犬や猫ではなく、見目の整った年頃の女性だ。
おじさんのセンスではなぁとためらってしまう部分もある。
「どうせなら早くつけてあげたほうがいいと思うけどなー」
「うーん……、明日の朝までにまた考えておきます」
「そ? じゃあそう教えてあげよーっと」
ハルカが止める間もなく立ち上がったコリンは、エジュウヨンの横に腰かけて「明日の朝には名前つけてくれるってー」と話してしまう。それを聞いたエジュウヨンから期待に満ちた目を向けられたハルカは、逃げることはできなそうだと、頷いて苦笑するのであった。





