自由労働
ズブロクのジョークに付き合っているうちに方針が決まったようだ。
海賊たちはやはりそのまま焔海にうかぶ島の一つで鉱山労働者として働かせることになるらしい。
ナギの背に乗り込んで移動する間、ハルカは十頭に質問を投げかける。
「海賊ですから焔海を泳いで逃げてしまうこともあるのでは……? 資材があるのなら船なんかも作れますし」
「ま、やってみたらいいよね」
「そうじゃな、できるものならな」
ナッシュが挑戦的に笑えば、珍しくズブロクが同意をする。
何か仕掛けがある様だが説明がないからハルカにはさっぱりわからない。
ヒューダイが苦笑しながらハルカに小声で理由を教えてくれる。
「実はこの焔海、ラーヴァセルヴ様の魔素にあてられてか、人を丸のみにしてしまいそうな巨大な魚が多いのです。船など使おうものならすぐに転覆させられて食べられてしまいます」
「……あの、皆さんは船で移動されてますよね?」
「はい。ですからあの船には特殊な加工がなされています。やり方は外には漏らせないそうですが……。ボルスさん辺りはその加工をしている方々と親しいはずです」
「なるほど……」
ボルスはというと腕を組んでアキニの隣に仁王立ちしている。
まあまず聞いても秘密を教えてくれることはないだろう。
【ロギュルカニス】の面々が大丈夫だと言っているのだから、それ以上ハルカが心配をするのもおかしな話だ。適当なところで話を切り上げて、教えられた島……というか、山へまっすぐに向かっていく。
そこはラーヴァセルヴが住む島にほど近く、近づくと少しばかり周囲の温度が上がるくらいに暑い場所であった。
一応船着き場があるようだが、今は何も停泊していない。
危険なので、普段は【ロギュルカニス】の鉱山労働者もあまり立ち寄ることのない場所だ。代わりに良質な金属が手に入るのだが、加工も難しく、利用するには金属の声を聞くことができる鍛冶師が必要だ。
【ロギュルカニス】のドワーフ鍛冶師をしてもその域まで達するものは片手ほどしかおらず、その筆頭がボルスだ。彼らはいずれもストイックな性格をしており、利益のために金床に向き合うようなことがない。
良質な金属はストックしておいても困ることはないが、しょっちゅう取りに行く必要もないという品であるからして、海賊たちに採掘を任せるくらいで丁度いいらしい。
働いてなかったらどうするとか、その辺の話は【ロギュルカニス】内でやっていくのでこちらもやはりハルカのあずかり知るところではない。
これだけの数を養うのは大変だろうなと考えていると、横目でその表情を見透かしたアキニがぽつりとつぶやく。
「どうせすぐに半分以下になる」
「どういうことです?」
「環境が過酷だ。死ぬほどではないが欲にまみれて生きてきた者に耐え得るものではない。湖へ逃げ出し死ぬものもいるだろう、必要な物資は渡すが、それを取り合って殺し合いも起きるだろう。私たちはそれらに干渉しない。ただ、刻限までに規定量の金属が用意されない場合は数を間引く。間引き方もそれなりに考える。いずれは真面目に働くものだけがこの鉱山島に残ることになるだろうな。海賊の島での所業は聞いている。奴らにはこれでもまだ生ぬるい」
どこの国でも死刑になるような所業を繰り返してきた海賊たちだ。
アキニの言う通り、これでも少しばかり甘い裁定なのだろう。
【ロギュルカニス】としても、連れてこられてしまったし、使えるうちは使おう、くらいのやり方でしかない。
ハルカは鉱山島の平らな場所に障壁をおろし、言われるがまま海賊たちを解放する。
彼らは体が自由になると懲りもせずに罵声を浴びせてきたが、その直後自慢の戦斧を担いだズブロクが、ナギの背からトンと飛んで鉱山島へ降りたった。
一拍遅れてアキニもその横へ着地する。
「儂を倒した奴は国の外へ解放してやるぞぉ。ただし、死んでも文句は言いっこなしじゃ」
「さ、最後の好機だよ」
海賊たちが一斉に二人に群がる。
ただし、結果は明白だった。
近づいたものから真っ二つに、細切れに、ある者は燃え上がり、血煙を上げ命を散らしていく。
数十人も命を落とした頃には、海賊たち全員がすっかり及び腰になっていた。
そこに至ってようやくズブロクが低いだみ声を張り上げる。
「道具は小屋に用意してある。掘る場所も探せば見つかる。月に一度、ここに成果を取りに来る。足りなきゃ足りない分、お前らと手合わせして遊んでやるから楽しみにしておけ!」
あまりにも説明が足りなかった。
どんなものをどれくらい集めればいいのかもわからない。
はじめは恐る恐る、そして段々と大きな声で抗議を始めた海賊たちの前で、アキニが表情を変えないまま両手の剣を一度ずつ振るった。
炎と氷で延長した剣が、集団の前の方にいた海賊たちの首を数個ずつまとめて切り落とす。
再びシンと静まり返った海賊たちへ、アキニが吐き捨てるように告げた。
「甘えるな。己で考えるといい」
表情をひきつらせて固まる海賊たちの前で、ズブロクが両手を叩き、空気を破裂させたような音を立てる。
「はよう動かんか! 足りなきゃ手合わせじゃぞ!」
手合わせすなわち死だ。
海賊たちは慌てふためき、我先にと島のあちこちへ散っていく。
ズブロクはそれを満足げに眺めて、振り返ってハルカに手を振った。
「おおい、そっちへ上がらせてくれ!」
ハルカは言われるがまま、色付きの障壁で階段を作ってやった。
こんなことをするならばあらかじめ知らせておいてほしいと思うハルカだったが、十頭からすればハルカの行動の方が余程突飛なのでお互い様といったところだろう。





