人の運送屋さん
「すまんがやはり、〈マグナム=オプス〉の収容所にはこいつらは入りきらんな」
〈マグナム=オプス〉へ到着して最初にやったことは、海賊たちの収監だった。偉ぶってる奴らと、今の段階で分かっている頭領らしき強者たちを上から順に収監していくと、あっという間に牢屋がいっぱいになってしまった。
白ひげの海賊もそこへぶち込まれて、恨めしそうな目をハルカに向けている。
「〈フェルム=グラチア〉でも同様じゃろうな……」
「どうしますか?」
「〈焔海〉の中にある鉱山にまとめてぶち込んでやりたいから、そこまで移送を頼めんじゃろうか? 頼みごとばかりで申し訳ないが……」
「いえ、それくらいなら」
そんなわけで、特に屈強なドワーフの戦士を地下牢の見張りに残し、ハルカは引き返して残りの海賊たちを焔海まで運ぶことになった。ナギに事情を説明すると、段々と頭が下がってきて、尻尾もくるんと体に寄せて元気がなくなってきてしまう。
ナギはラーヴァセルヴが少し怖いのだ。
「大丈夫ですよ、仲良くしようって言ってくれてましたからね」
ハルカが鼻先を撫でながら説得しても『ほんとかなぁ』という感じの疑いを持っている。明らかに自分よりも強そうなものがこの世にほとんどいないので、出会うとどうしても及び腰になってしまうようだ。
仲間たちに事情を話して出発しようとしたところ、エジュウヨンがやはり不安そうにしている。
ハルカはコリンに倣って呼びかけようとしたが、意識すればするほど数字由来の名前で呼ぶことが躊躇われてしまう。
「ええと……、ちゃんと戻ってくるので大丈夫です。……あの、コリン」
エジュウヨンに声をかけてから、そのままコリンに内緒話を持ち掛ける。
「なにー?」
「あの、あまり海賊の島でのことを思い出してほしくありませんし、彼女さえよければ、名前をこちらでつけさせてもらった方がいいんじゃないかなと思うのですが」
「んー、どうかな」
「その辺り聞いておいてあげてもらえませんか? 私も、なんとなく呼びづらくて……」
「ん、わかった。じゃ、色々話しておく」
コリンならうまいことやるだろう。
きっと沢山話をしてエジュウヨンの不安も和らげてくれるはずだ。
話がついたところで、ハルカとアードベッグ、それにエニシがナギの背に乗り込む。残りの面々は、住民たちの炊事の手伝いや、万が一何かあった時のために残ってもらうことにした。
特にカーミラはいざ精神的な不安が発生した場合、魅了の魔法を使ってそれを押さえることができるので適任だ。
空の上ではエニシもアードベッグも居眠りをしていたが、ハルカは今日もぱっちりと目を開けて夜空を眺めている。エニシがハルカが座っている足の間に入り込んで体を預けているので、身動きがとりにくく他にやることがないのだ。
元の世界の空をじっくりと見上げたのは、子供のころくらいだった。
都会の空は街灯や大気の汚染でうすぼんやりと見えにくかったのもあるが、疲れた体は、きっかけもなく夜空を見上げようなんて思いもしなかったからだ。
だからハルカにとって元の世界の空の記憶は曖昧だ。
だがこの世界に来てからは随分と星を見上げてきた。
地図を読むのに、天気を予測するのに、空を見上げることは随分と有効なのだ。
振り返ればいつだって北を示す星々が燦然と輝いている。それは、この星も丸くて、地球と同じような仕組みでもって回っているらしいことを示しているが、学業から遠のいて長いハルカには、ぼんやりとした知識を思い起こさせるだけである。
「ハルカよ」
寝ていると思っていたエニシから小声で名前を呼ばれた。
身動ぎしたせいで起こしてしまったかなと正面を向いて大人しくする。
「【朧】も、征服したものによってはあの島のようになるのだろうな」
【神龍国朧】は土地をすべて制し、神龍を倒せば全てを与えると言っている。神龍が真竜なのだとすれば、この世界の神に連なる存在であろうから、そうそう人に負けることなどないだろう。
それにしてもまぁ、島国の全てを制したものがいれば、あの海賊島のような支配体制をとることも難しくないだろう。
「ますます、黙って見ているわけにはいかぬなぁ」
「そうですね……」
エニシはそれきりハルカの胸に後頭部を預けてまた眠ってしまった。
のんびりできる時はのんびりとしたらいい。
ハルカは〈フェルム=グラチア〉へ到着するまで、静かに布団の役割を果たしてやるのだった。
さて、いざ街へ到着すると、早朝だというのにあっという間に十頭の面々がわらわらと集まってくる。ナッシュが一番最後で、髪の毛も寝癖だらけで完全に寝起き状態であったが、それでもやってくるまでに一時間もかからなかった。
ハルカの話を聞くとばっちりと目が覚めたらしく、空に浮かぶ荒くれ共に目を向けて肩を竦めた。
「何でほんの少しの間にこんなことになるのかなぁ」
「すみません」
「いや、こっちとしたら助かったんだろうから、謝んなくていいけどさ。やっぱ規格外って感じだよね」
「儂の暴れる場所が……」
不満そうな顔をしているのはズブロクぐらいで、後の面々はアードベッグに話を聞きつつ、どうするかを相談しているようだった。
「なぁハルカよ」
「なんでしょう」
「あの中からうでっこきを数人引っ張り出してきて、儂と勝負。勝ったやつは見逃すってのはどうじゃと思う?」
「駄目だと思います」
「駄目か」
「私の決めることではありませんがおそらく」
腕を組んだズブロクはさらに提案を続ける。
「じゃあ儂といい勝負した奴を部下に取り込むってのはどうだ?」
「あの、私じゃなくて皆さんと相談されては?」
「こんな話通るわけがないから、先にハルカに話しとるんじゃろうがい」
「じゃあ駄目だと思います……」
「うーむ、だめかぁ」
「駄目でしょうねぇ」
方針が決まっているような話し合いに参加しても確かにあまり意味はないが、だからと言って、無茶苦茶なことを言って時間つぶしをしようとするのはやめてほしいと思うハルカであった。





