彼女の心配
島の住人が皆コリンから飛んでくる指示を黙って待っている中、そわそわとした雰囲気を出している女性が一人だけいた。
捕まっている海賊たちの方を気にしたり、大きな声で指示を出すコリンを気にしたりと、どうにも落ち着かない。
「コリン、あの人お借りしても?」
「あ、うん、いいよー」
食事を器にとってから声をかけると、コリンは女性の姿をチラリとだけ見て快諾した。
「出発いつ頃にする?」
「みんなが食事を終えた頃にしましょう。日暮れまでには〈マグナム=オプス〉へ辿り着きたいです」
「了解。じゃ、寝てる人起こしてどんどん食べてもらうね」
「お願いします」
ついでに食事をもう一人分確保したハルカは、海賊たちを気にする女性に声をかける。
「出てこないか心配ですか?」
女性は驚いて背筋を伸ばしたが、相手がハルカだと気づくと息を吐いて小さく頷いた。
「とりあえず食事にしましょう。こちらどうぞ」
持ってきた器を渡して腰を下ろすと、女性は逡巡してからハルカと少しだけ距離を空けて腰を下ろす。
「これから空を飛んで、島から移動します。あの帽子を被った背の低い男性がいるでしょう? ドワーフという種族なのですが、ああいう方がたくさん住んでいる国で、仕事をしながら暮らします」
女性ハルカの話を噛み砕きながら、規則的にスプーンを口へ運び頷く。不安そうな表情はあまり変わらない。
「そこでは理不尽に叩いてくるお客さんもいませんし、ひどい命令をしてくる人もいません」
女性の頷きは浅く、そこに安心は見えない。
「……何か心配がありますか?」
少しだけ体を傾け、顔を覗き込むと、女性は悩んだ末に口を開いた。
「そこにあなたはいますか?」
「私は、その国の者ではないので、しばらくしたらいなくなってしまいますが……。……もしあれでしたら、私と一緒に来ますか?」
「いいのですか?」
返事が早かった。
現段階の彼女にとって、ハルカという存在は自身の全てである。初めてで唯一の依存先であるから、いなくなると言われれば不安になるに決まっていた。
提案を即座に飲み込むのも当然のことである。
ハルカとしては拠点を留守にすることが多い手前、すべての住民を受け入れることは難しいと判断している。ただ、彼女一人ぐらいならば今いる仲間たちと暮らしていれば、次第に拠点の暮らしにも馴染んでいけるのではないかと思ったのだ。
「ええ、構いませんよ。ええと、まだ名前を聞いてませんでしたね。私はハルカです。あなたは?」
「エジュウヨンと呼ばれてました」
妙な名前だ。
この世界に来てからも聞いたことのないような響きだったが、脳内で吟味するうちにハルカはあることに気がつく。
「もしかして、エジュウサンという方や、エジュウゴという方もいらっしゃいますか?」
「いません」
まさか番号の割り振りではなかろうかと確認をしたが、否定の言葉が返ってきてホッとする。名前すらろくに与えられていなかったのかと嫌な気分になっていたのだ。
「その二人はもう死にました」
続いた言葉に、ずんと頭を横から殴られたようなショックを受ける。
「そうですか……。その、なんとお呼びしたらいいでしょうか」
「ハルカ様の自由にお呼びください」
「まず、私のことはハルカかハルカさんでお願いします。名前の呼び方はちょっと考えておきますね……」
「申し訳ございません……」
ハルカが少しばかり気落ちしているのが自分のせいだと思ったのか、エジュウヨンは頭を下げて謝る。
「いえ、謝らないでください。ええと、とにかく安心して待っていてください。時間になったら一緒にナギの……あの大きな竜の背中に乗って島をでましょう」
「承知しました」
話す前よりかは幾分か穏やかになった顔を見て、ハルカは立ち上がり出発の準備を始めることにした。
食事が終わり出発できるようになったのは、昼の少し前だった。人数が多い割にスムーズにことが進んだのは、住民たちがとにかく従順であったおかげだろう。
住民たちを頭上に、海賊たちを後方につけて、ナギは雲をちぎっていく。この間ハルカを乗せて長距離飛行したおかげか、ますます飛行速度は上がっているようだ。
この調子ならば、なんとか日暮れ前には〈マグナム=オプス〉へ辿り着くことができるだろう。
「ヨンさんってさー、いくつなの?」
「生まれてから十八年ほど経つようです」
「え、じゃあ同じくらいだ! 拠点に女の人増えるの嬉しいかも」
「ありがとうございます」
ナギの背に乗ってから事情を説明したところ、コリンが積極的にエジュウヨンに話しかけはじめていた。
いつの間にか最後の二文字だけを取って呼ぶことに決めたようだが、それならば確かにちょっと名前っぽく聞こえる。
ハルカは一瞬、元の世界の某俳優を思い浮かべてしまったが、話したところで誰にも通じない。少なくとも数字っぽく呼ばれるよりは、よほどいいだろう。
二人の会話をぼんやりと眺めていると、アードベッグがやってきてハルカに話しかける。
「随分な大所帯になっちまったな」
「すみません。あとのことは全てお任せするような事になってしまいますが」
「……ま、余計な人死にが出るよりはよっぽどマシじゃ。対応が落ち着いたら改めて島には艦隊を派遣して、今はでているだろう海賊どもを掃討する。あの住民たちも悪いようにはしねぇさ、あんたとの約束だからな。ところで……海賊どもの処遇はこっちで決めていいんだな?」
「はい、それもお任せします」
アードベッグは頭領たちに関してはきっちり処刑をするつもりでいる。いざ働かせて、聞き分けが悪い者がいれば、そちらも情状酌量の余地なく殺すつもりだ。
一応捕まえたはるかに許可を取っておかないと、後で何かあった時に困るので、念のための確認だった。
何せアードベッグはハルカのことをすでに人の姿をしているだけの真竜のようなもの、と認識している。余計なトラブルになりそうなことはあらかじめ避けて通ろうと考えていた。
ハルカとしても、海賊たちがこれまで犯した罪を思えば【ロギュルカニス】で適切に裁かれることが妥当であると考えている。
随分な大捕物となってしまったせいで、アードベッグや、忙しいであろう十頭たちに負担をかけることだけ申し訳なかったが、捕まえた先の処遇まででしゃばるつもりはなかった。





