二度目
その夜は順番に少しずつ休憩をとっていく。
途中アルベルトとレジーナは住民を引き連れて数度帰ってきた。
ハルカはそれにも気づかずに夢の中。
ぼんやりとした意識。
暗い夜空に雲が風にちぎられながら飛んでいく。
下を見れば随分と高い場所にいて、一瞬おちる、と焦った瞬間体が落下を始めた。
掴む場所も頼る場所もなく、悲鳴をあげそうになったところで、空を飛べるのだったとハッと気づいてその場にとどまった。
久方ぶりに見る夢。多分夢だと認識したハルカが顔をあげると、丁度手を伸ばしても届かないくらいの距離に人が立っていた。
銀色の風になびく髪。
赤色に光る瞳。
長い耳に整った目鼻立ち。
体には白い布を巻き付けたような衣をまとったその女性は、ようやく見慣れてきた自分の姿だった。
ただ少しだけ顎を上げて、自信たっぷりに微笑むその仕草だけが自分ではない。
パクパクと口を動かして何かをしゃべっているようだが、その声はハルカの耳には届かない。
身振り手振りをして楽しそうに語っていることだけはわかる。
その女性はやがてハルカの困った顔を見て、おや、という顔をして顎に手を当てた。
そうして自分の口周りや首のあたりをペタペタと触って首をかしげてから、滑るように移動してハルカに近付いた。
ハルカは思わず身を引こうとしたが、伸ばされた手に肩をがしりと掴まれ、上半身を引き寄せられる。
あらがえないほどの力で顔同士が接近していき、それが少しだけそれてハルカの耳元に相手の唇が触れるほどに近付いた。
呼気が当たったがやはり声は聞こえない。
むっとした顔で離れた女性は、また何かジェスチャーを繰り返し自分の耳を指さしたりしていたが、何を伝えたいのかさっぱりわからない。何かをしろと言っているようであるが、女性の表現が下手なのか、ハルカの受け取り方が下手なのか、完全なるバッドコミュニケーションだ。
自分の肌の上や顔の周りを滑らすように手を動かして、それからまた耳を指さす。
「あの、すみません、わからなくて……。その、あなたはもしかして、ゼスト様ではありませんか?」
受け取れないのならこちらからと話しかけてみると、その女性はハルカが絶対にしなそうな満面の笑みを浮かべ、がっくんがっくんと頷きながら手を叩き、ハルカのことを指さした。
大正解ってところだろう。
「あの、私は」
ならば色々と聞きたいことがある。
ハルカが身を乗り出して分からないことを尋ねようとした瞬間、足元から光が広がっていき、夜の帳にひびが入った。ガラガラと崩れる景色の向こうから何者かが寄ってくる。
ゼストはそちらを指さして何か怒っているようだったが、ハルカの体は急激に地面に向かって落ちていく。今度こそどうにもならず「わっ!」と大きな声を出した瞬間、画面が切り替わるように夜空が目に入った。
浮遊感はなく、背面はしっかりと地面についている。
恐る恐る体を起こすと、モンタナとレジーナ、それにエニシがハルカを囲うように立っていた。
「声出して起きるの珍しいです」
「えっと、すみません、随分と寝言を言ってましたか?」
モンタナが顔をじーっとのぞき込んでくるが、ハルカは最後の叫び声以外には心当たりがない。
「いつもまっすぐ動かないで寝ているというのに、今日は随分動いていたぞ。それになにか、妙な感じがしてな」
「お前、何してた」
レジーナからは要領を得ない質問があったが、それをモンタナが補足する。
「ちょっと前からいつもよりもたくさん魔素が渦巻いてたです」
「なんでしょう、私にもわかりませんが……。普段は見ない夢を見ました」
「寝ぼけて魔法使うなよ」
レジーナは一言だけ残して立ち去るが、二人はその場に残っている。
他人の見た夢の話なんて大体は聞いたって突拍子もないだけだ。反応は大体そんなものだろう。
「どんなです?」
思い返してみれば随分と大事だったようにも思えるが、それはやはり夢でしかなくて、こうして会話をすればするほど記憶からは薄れていく。
「私と同じ容姿をした人が目の前にいて、私はその人にゼスト様かと聞いたら頷かれました。何かを伝えようとしてくれていたのですが、声が聞こえなくて、やがて空間が割れ、光が差し込んできたところで目が覚めてしまいました」
モンタナとエニシは顔を見合わせたが、特に答えは出なかった。
夢と言えば夢のような気もするし、何かお告げと言われればそんな気もする。
三人共真面目にしばらく考えてみたが、自己紹介だけして消えていく神様もなんだかだ。
ちょうど空が少しずつ明るくなってくるような時間で、コリンが料理できる住民を集めて、号令を発して食事をガンガン作り始めていて場は騒がしい。
いい匂いが漂ってくると、よくわからない夢のことは後回しでもいいかとなってきてしまう。なにせ考えても分からないのだから仕方がない。
そういえば昔も一度夢を見たことがあったけれど、その時は声が聞こえていて、誰かがしゃべっていたのだった気がする。
共通点はあまりない。
本当にただの夢なのかもしれないと思うけれど、それにしては夢を見る頻度が低すぎる。まだこの体になってから夢を見たのは今日とその日のたった二度だけだ。
ハルカはのっそりと立ち上がると、水球を出して顔を洗う。
浮かばせている障壁を見れば、海賊たちが腹をさすりながら食事が作られていくのを恨めしそうに見つめていた。
食事が終わったらさっさと【ロギュルカニス】まで戻って、そちらに預けてしまうべきだ。捕虜の管理なんかハルカには出来ない。
ハルカはその前に腹ごしらえ、と歩き回る人の間を縫ってコリンの下へと向かうのであった。
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