同じではない何かである
それは作戦と呼べるほどのものなのか微妙なくらいの力技であった。
だが、それが一番効率的であることも確かであったので、誰も反対する者はいなかった。
まずは連れてきた街の住民に尋ねて、全ての街の住民をひとところに集めて保護する。これをハルカが作った大きな障壁の部屋の中へ入れて保護。
入れる前には一度モンタナが、そこに海賊が紛れ込んでいないか確認をする。普通の住民は感情の振れが非常に小さく、モンタナならば一目見れば住民か海賊かはっきりと区別することができるのだ。
そこから朝まで血気盛んな二人とハルカで街の掃討。
ハルカは街から逃げ出して港に集まっていた海賊もまとめて捕縛したので、取りこぼしは殆んどいないはずだ。
ここまでは相談した結果の産物。
そして日が昇る前。
仲間たちは片手に地図を持ち、空に一人飛び立っていくハルカと、楽しそうに大きな声を出す練習をしながら空を飛んでいくナギを見送った。
ナギの巨体から吐き出される音は、随分と離れるまで島の空気をびりびりと揺るがせていた。
普段どれだけ静かにおとなしくおしゃべりをしているか分かろうものである。
その背中にはぽつりと一人アードベッグが乗っている。
道案内ならぬ海案内、でもなく、空案内である。
それから、島の環境を空から見ておきたいという理由もあった。ハルカは強行軍になることをわかっていたから、やめたほうがいいのではないかと提案したが「これも責任じゃ。迷惑ばかりかけてすまん」といって、ナギの背によじ登ってしまった。
さて、作戦は簡単だ。
脅して捕まえる、それだけである。
船はナギとハルカが手分けして、見つけ次第壊す。
出てきた海賊は脅かす。
こんなことしたって嫌な気分になるだけだが、気分だなんだ言っている場合ではない。
街での場合は、どんな奴が来るか分かっているから対応もされたし人質も取られたのだ。大事なことは、自分がまともな奴だと相手に知られないことだとハルカは学んだのである。
空を飛びながらハルカは考える。
そうやって特級冒険者の人たちはあんな感じになっていくのだろうなと。
しかし実のところこの解釈は因果関係が逆転している。そんな行動がとれるような奴しか特級冒険者にならない、が正解であり、ハルカのような存在が珍しいだけであった。
空を飛びながら魔法を披露することには、ガルーダの山々で慣れたものだ。
今度はあれを、地表近くでやるだけでいい。
殺さないように脅すのは中々神経を使う仕事で、一つの島で海賊のねぐらを見つけて制圧するまでにははじめのうち、二時間はかかってしまった。
二つ目の島で四時間。
ここは大失敗だった。
どうやら海賊は船着き場の近くに住んでいるらしいことに気づいたハルカは、はじめにそこを破壊してみたのだが、すると逃げ道を塞がれた海賊は、島内の各地へ逃げ出してしまったのだ。
小さな島だった上、仲間想いの海賊が多かったので、芋づる式に捕まえることができて四時間程度で済んだがハルカは実体験の教訓として学ぶ。
逃げ道は残してやらねばと。
次の島からは船着き場じゃない場所を派手に壊しながらナギに地表すれすれを飛び回ってもらうことにした。ついでにねぐららしき場所を見つければ、近くに降りて威嚇してもらう。
すると海賊はもてるだけの財産を身に着けて、船着き場まで逃げてくるのだ。
そこを一網打尽にするのが効率がいい。
だんだんと海賊捕縛を効率化。
最終的には船に全員乗せてから、船ごと捕まえるのが手っ取り早いと気づいたハルカである。反抗する海賊たちも、素手でメインマストをへし折ってやったり、山頂一つ爆散させたり、囲い込んでいる海水をガッチガチに凍らせてやれば、あっという間に舌の滑りがよくなる。
破壊行動全般については、駄目だったら声をかけるようにあらかじめアードベッグに言っているので、全て事後承認された形になる。
長い島めぐりで特に疲労の色が濃かったのは、ナギやハルカではなく、それなりに年をとっているアードベッグだった。途中で二度治癒魔法をかけてやったので、なんとかしゃんとしていたが、あまり無理はさせたくないとハルカは予定よりも少しばかり派手な脅しを繰り返しながら作戦を急いだのである。
そうして不眠不休で島をまわること丸一日。
人が住むことができそうな三十五の島をまわり切ったハルカは、四十の障壁箱を後ろに従えて島へ凱旋してきた。島の数よりも障壁の数が多いのは、途中捕まえた海賊ではなさそうな島の住人も連れてきたからである。
どうやら彼らは白ひげの島のような管理された人ではなく、どこからか攫われてきた人たちらしい。おかげで素直に言うことは聞いてくれるのだが、代わりにハルカに酷く怯えきっている。怪我をした者を治してやってもその反応は変わらなかった。
平然と地形を変える魔法を放つ空飛ぶダークエルフは誰だって怖い。
気を張っているせいでずっと表情も強張っていたし、人となりを知らなければ仕方のないことだろう。
随分と休んでいないので体と言うか、心と言うか、その辺が少しばかり疲労してきた。一応治癒魔法を自分にかけてみるが、効いているのだか効いていないのだかよくわからない。
疲れている人に治癒魔法をかけるとみんなすっきりとした様子を見せるが、そんな感じは全くしなかった。
「あ、おかえりハルカー」
「箱いっぱいです」
最初の島へ戻るとコリンが大きく手を振り、モンタナが障壁箱の数を見て目を丸くする。
「大量だな」
「そうねぇ」
仲間たちは当たり前のような反応をするが、ようやく地面に降り立ったアードベッグは神妙な顔でその光景を見つめていた。
【ロギュルカニス】はとんでもない奴を相手に、随分と強気な交渉を仕掛けたものだと今更ながらに肝を冷やしていた。途中で静かにハルカの行動を見守っていたのは、いや、見守ることしかできなかったのは、ハルカのなす行動の一つ一つが伝承に伝わるような神や化け物の所業にしか見えなかったからである。
口を挟むなんてとんでもなかった。
一日中空を飛び回りながら海を凍らせ地形を変えるなど、およそ人ではなしえないことだ。数カ月かけて航海する距離を、ほんの数日で行って帰ってこられる竜を従えている時点で、おかしいぞとは思っていた。
【ロギュルカニス】が無事であるのは、ハルカがひどく穏当な性格をしているおかげだ。結局はズブロクやボルスの反応が正解だったことになる。
アードベッグはここにきてようやく、ハルカが焔海に住まうラーヴァセルヴと同じ、向こうに回すようなものではないと確信した。
そうならそれらしく、人のような形をしておかないでくれれば分かりやすいのだがと、思いながらも口には出さないアードベッグであった。





