過剰戦力
カーミラは屋内で海賊たちに遭遇してすぐ戦闘を開始。
それが片付くまでにはものの数分もかからなかった。
カーミラが暗闇に溶けるような色をしたナイフで指先を傷つければ、そこからふわりと霧が広がっていった。部屋の中という狭い空間をカーミラのものとするのに時間は必要なかった。
そこかしこから囁くような声。
斬りかかっても、剣はカーミラの体を霞を斬るように通り抜けていくだけ。
少しずつ恐怖が募り始めた頃には、すっかりカーミラの魅了の術中にはまっていたが、海賊たちはまだ気が付いていない。
魅了というのはただ相手に従いたくなるだけのものではない。
それが一番簡単なだけで、相手の心を惑わし、意のままに操ることこそがその本質である。
逃げ出そうにも逃げ出す場所がわからない。
戦おうにも戦う気力がわかない。
魅了が完全に成功したあとそこにいたのは、ただ静かに床に座り込んでボーっと天井を見上げる男たちの姿であった。
「大丈夫よ。静かに座っていれば、私はあなたたちを傷つけたりしないわ。安心して」
「はい……」
図らずともハルカと同じような言葉を吐き出しながら、カーミラは海賊たちの意志を奪い取る。
ここまで深くかかってしまえば、数日は元に戻らない。
あちこちから隙間風の入る小さな小屋を出て空を見上げれば、丁度上空をナギが通り過ぎたところであった。
カーミラはちらりと床に座り込む海賊たちに目を向ける。
ここで血を吸っておけば、今回くらいの魅了にかける時間は四分の一くらいで済む。しかしまぁ、カーミラも吸うのは誰の血でもいいわけじゃない。
どうせ人の血を吸わせてもらうのなら、好意を持てる相手がいい。
行きずりの人のものを吸うのはちょっとばかり御下品ね、と思うカーミラである。
ハルカと血を吸わない約束もしているし、自分の力がなくともみんななんとでもするだろうと信じている。
ぐずり、と体を崩したカーミラは、そのまま空へ飛び立ちナギの背中でエニシと合流を果たすのであった。
エニシはナギの上でハルカたちの心配をしながら街全体を眺めていた。
ハルカたちが強いことは知っているが、戦力を正確に分析できるほどではないから、心配は心配なのだ。エニシにできることは、ハルカたちそれぞれの大丈夫だという判断を信じることくらいである。
カーミラが背中から降りて数分。
黒い靄のようなものが近くまでやって来たかと思うと、ぎゅっと集まってそれがカーミラの形を成した。
「終わったのか?」
その形成を見ても恐れもせず心配そうな瞳を向けるエニシを見ると、カーミラの心は温かくなる。
「ええ、大丈夫よ。お姉様は……あそこかしら」
「どこだ?」
「ほら、あそこ。光が漏れてるわ」
窓ガラスから光が僅かに洩れる大きな屋敷がある。
エニシは目を凝らして場所を把握すると、ナギに向かって声を張った。
「ナギよ! あっちの中から光の見える一際大きな屋敷だ! ハルカはあそこにいるらしい!」
耳を澄ませて背中の話を聞いていたナギは、旋回をやめてハルカがいるであろう屋敷へと向かう。
近づいてみても戦闘するような音は聞こえない。
大丈夫だとわかっていても心配になったエニシは、空の上から大きな声でハルカへ呼びかけた。
「ハルカ、大丈夫なのか!?」
◆
声が響いてきてハルカははっとした。
そういえば外に障壁を張ったままだったことを思い出す。
意志があるとは思えないこの場にいる女性たちも、自決を阻止するためにそれぞれ障壁の中にいれて、ゆっくりと移動させて自分の後ろにつける。
海賊たちも同じく自分の前方につけて、ハルカは屋敷の外へ向かうことにした。
口うるさくののしっていた海賊たちは、目の前にいる女性が不安になるだろうからと、先ほどコッソリ水球で意識を奪っておいたので、今は沈黙している。
「……一緒に来てくれますか?」
「はい」
何一つ疑うことなく頷く女性が少しばかり心配になったけれど、この場で自死を図るようなことはなさそうだ。
ハルカは彼女のことを信じて、外の障壁を解除して一緒に屋敷から出ていく。
そうして空へ手を振り、無事であることをアピール。
するとナギがぐるんと旋回し、翼をたたんで器用に大通りに降り立った。
障壁に入った女性たちはただそちらを見つめただけだったが、隣にいる女性だけは目を丸くしてハルカの腕をぎゅっと握る。
怖がっているのだ。
大きなナギが自分を食べてしまうのではないかと心配しているのだ。
怖がられたナギはかわいそうだが、死を恐れているのであろう彼女を見てハルカは良かったなと思ってしまう。何も知らず、何も恐れないよりもよほど人間らしい。
ナギに乗った一行は、大通りに沿うようにして街の上空を移動していく。
時折逃げ出そうとしている海賊たちを見つけては、障壁で囲い込んで捕獲。
幸か不幸か、逃げ出そうとするようなものは皆、この島の住民ではなく海賊だ。
何せ島の住民は死が怖くないのだから、竜を見たって逃げ出す必要がない。
そう、血まみれで武器を振りかざし追い回すアルベルトとレジーナを見たってだ。
そんなわけで海賊たちを追い回す二人に合流して回収。
そのままの流れでコリンたちに合流すると、そこはすっかり血の海になっていた。
ハルカたちが去った時よりも死体の数が随分と多く、道に点々と散っているのは、増援があったうえ、逃げる者も容赦なく仕留めていったからだろう。
ハルカもそれが間違っているとは思わない。
そもそも武器をもって殺し合いをした相手であるし、逃がせばまた人質を取ったりするだろうことも分かっているからだ。
地面に降り立ったハルカは、門の付近で待機していたコリンたちに駆け寄った。
「怪我は?」
「ないよー、アードベッグさんがくたくたなくらい」
「大丈夫じゃい」
息は整っているようだが、確かに顔に疲労の色が浮かんでいる。
「無理なさらず」
ハルカはアードベッグの肩に手を伸ばし、治癒魔法をかける。
「ほっ、体が軽くなったぞ……?」
戦いを始める前からあった慢性的な肩の凝りや、僅かな腰の痛みすらも消えている。調子がよくなりすぎて手足をばらばらと動かすアードベッグにコリンは笑う。
しかしすぐにまじめな顔をしてハルカに問いかける。
「こっからどうするー?」
「街で見かけた逃亡中の海賊もおおかた捕まえました」
「他の島もやるんでしょ? 誰かここに残らないとまずいよね?」
「……それなんですが、相談です」
ハルカは今回人質を取られたことから、同じ轍を踏まないために考えた作戦を仲間たちに話してみることにした。
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