悪あがき
時折空を見上げながら逃走を続けていた白ひげの海賊だったが、一緒にいた海賊頭領の一人が、広い屋敷に飛び込んだところで走るのをやめた。
「俺はやる。明かりを消してここで迎え撃つぞ。お前らも手を貸せ。所詮魔法使い相手だ、不意をつけばなんとでもなる」
一人、二人、と足を止め、ともに逃げていた四人がその場に残ることを決めた。
白ひげの海賊としてもハルカの強さは測りかねている部分がある。わかっているのはとんでもない魔法使いであるということと、あの馬鹿頭領に力比べで勝利してるらしいってことだ。
ようやく竜とも別れてくれたから、確かにここがチャンスだというのも分かるのだが、どうも胸騒ぎがして戦う気にならなかった。
せめて人質の一人でも取れれば違うのだが、というのが白ひげの海賊の見解だ。
「おい、あんたはどうするんだ」
この騒ぎの中心人物であり、この島の支配者であるから、当然意見を求められる。
ここでまだ逃げると言えば、もし生き残ったとしてもその先上手くやっていくことは難しいだろう。
それに一緒に逃亡してきた者たちは、海賊の中でも特に戦いに強い四人だ。
「そうだな、ここが勝負どころか。だが一つ保険を用意してくる」
白ひげの海賊はついにハルカと交戦する腹を決めて、それでもだめ押しとばかりに屋敷の奥へと一時的に姿を消した。
海賊たちが屋敷へ入って数秒。
ハルカは上空からその境目にぐるりと障壁を張り巡らせた。
つまり海賊たちは覚悟を決めなくとも、この屋敷に追い詰められていた形になる。
ハルカが街の空を飛んで気づいたのは、大通りに面していない建物の粗末さだ。
雨風をしのぐことすら難しいような掘立小屋は、いくつも連なる長屋になっていてその境目がわかりづらく、障壁で囲い込むことが難しかった。
長屋は海賊たちが飛び出していった後崩れて、中から住民が這いだしてきたこともある。
ハルカは急ぎ地面に降りると、ガラスの割れる大きな音が続けて聞こえてきた。
囲い込んでいるので逃げられる心配はないが気持ちは急く。
閉ざされているその扉に力を籠めると、僅かに抵抗があったが、さらに力を入れればめきめきと音がして閂となっていた木がへし折れて扉が開いた。
内部には明かりがない。
状況確認のため光球を生み出したときには、ハルカの首元に向かって、ギラリと光る刃が迫ってきていた。あらかじめ張っておいた障壁で防ぎ、ぎりぎりで刃が止まったのに続き後頚部に衝撃が走る。
振り返ると、鉄製のモーニングスターを持った海賊が、信じられないようなものを見る目でハルカを見ながらたたらを踏んでいた。
玄関の上に張り付くように潜んで、必殺の一振りを叩き込んだというのに、僅かばかりにかくっと首が下がっただけで平然としているのだから、唖然とするのも仕方のない話だ。
全身が見えてしまえば、障壁の中に閉じ込めるのは容易い。
ハルカはモーニングスターの男をすぐさま閉じ込め、続けて再び振り上げられた剣からその主の姿を確認、こちらも障壁の中に閉じ込める。その隙に横殴りの金棒が襲い来た。こちらは一枚目の障壁を破り、二枚目の障壁をぐにゃりとゆがませたが、その反動で男は背後によろける。
ハルカはよろけた先に障壁を張り、ぶつかったところでそのまま囲い込んで、ぐっとその障壁を狭くして男が動けないよう拘束した。
中々力のある相手であったが、勢いよく武器を振る空間がない限り障壁を破ることは難しいとの判断だ。
あと二人、とハルカはようやく玄関を入った広い空間に目を配る。
そこはホールのようになっていて、二階に向かって左右に分かれるように階段が延びていた。
その階段に向かって走る男を確認したハルカは、当然こちらも海賊と判断し、正面に障壁を張り、ぶつかって後ろによろける最中に障壁の中へ閉じ込めた。
残りの一人は白ひげの海賊。
全体を見渡すためにハルカが光球をより明るくし、天井の付近へ寄せたところ、玄関を見下ろせるように作られたバルコニーに、ずらりと人影が並んでいた。
ずらりと並ぶ肌着姿の女性。
そしてその中には、女性の首に腕を回した白ひげの海賊も混ざっていた。
これだけの人がいるのに、聞こえてくる声は捕らえた海賊のものだけ。
並ぶ女性たちは一様に右の手を胸元で止めて、ハルカを見下ろしていた。何かを誓うような、祈るような、妙な姿勢だった。
その手には、キラキラと輝く何かが握られている。
ぽたり、と幾人かの女性の手から赤い血が流れた。
彼女たちの手に握られているのは割れたガラス。
ガラスの切っ先は、いつでも自死できるように、彼女たちの白い喉に向けられていた。





