滾る闘志
「生き残りの管理は……すべて【ロギュルカニス】にお任せしても?」
「いい。作戦は?」
ハルカは顎に手を当てて街の様子を思い出す。
家に隠れられたら一軒一軒探して回るのは難しいだろうけれど、海賊なんて基本的には冒険者と同じで血気盛んな連中だ。
いざ戦闘が発生してしまえばわらわらと湧いて出てくることだろう。
「真正面から乗り込みます。大通りを直進。戻って待ち構えているだろう海賊たちを撃破します。私は空から補助します。……住民が致命傷を負うようなことがあれば私に知らせてください」
ハルカは渋面で後の言葉を紡ぐ。
犠牲がないのが一番だが、仮に人質に取られるようなことがあったとしても、そこで歩みを止めるわけにはいかない。空から状況を確認して、見える範囲で対処していくつもりだ。
よしんば傷をつけられようとも、急ぎ降下して治せば死に至る可能性は非常に低いだろう。
「人質をとられても止まれないですよ」
ハルカの中途半端な言葉に、モンタナがじっと目を見つめながらどこまでの考えを持っているのか再確認する。ハルカの気持ちも大事だけれど、モンタナからすれば人質を取られたことによる躊躇で仲間が傷つく方が許せないし、その結果はハルカにもひどい後悔をもたらすはずだ。
「……はい、自分たちの命を最優先で。人質は私が上から対処します」
ハルカが目を逸らさずに答え、モンタナは深く頷いた。
それからハルカは隣にいるカーミラを見てゆるりと笑う。
「カーミラ、巻き込んですみません。カーミラはナギに乗って空の上で待機。何かあれば私や皆に連絡をしてください」
カーミラはまもなく日がおちようとしている空をちらりと見上げた。
「……そうね、私もお姉様と同じで上からみんなのお手伝いをするわ」
「いえ、戦いには……」
「お姉様」
カーミラは笑う。
白い肌に赤い唇が弧を描く。そこに隠された尖った牙は見えないが、ふわりと漂うような色香が漂う。カーミラの目の奥には怯えはなかった。
「ちょっとお手伝いするくらい大丈夫よ。私もみんなのことが心配だもの」
「……そうですか。では、お願いします」
カーミラがそう言ってくれるのなら、今は甘える時だった。
戦力が増えれば、それだけ仲間が安全になる。
「ハルカ、街に行く前に港の船全部障壁で囲っとこうよ。船乗って逃げられたら面倒でしょ。この島制圧したら、その流れで他の全部の島も潰していかなきゃいけないわけだし」
「あ、そうですね。そうします」
先にナギに乗って一度港へ寄ってから、街の門まで行く形になるだろう。
島の数を考えると一個一個潰していくのは中々大変な作業だが、一度始めたのならば徹底的にやるしかない。
「そろそろ行こうぜ。早くしないと終わるころには真夜中だ」
うずうずとしているアルベルトがそう言って、なだらかに標高が高くなっている街の方を睨む。
「あ、俺先頭な」
「いや、儂が……」
「あたしだ」
そうして自分が先陣を切ることを宣言すると、アードベッグが後に続き、それを遮るようにレジーナが宣言した。レジーナは当然暴れたいからだが、アードベッグは若者たちばかりにやらせるわけにはという意地のようなものであった。
まぁ、隊列的に三人くらい先陣を切るものがいても特に問題はない。
「じゃ、補助にまわるです。足止めて囲まれると面倒だから、どんどん進むですよ」
「そうだねー、私も不意打ちの警戒かな」
アードベッグはこの若者たちがやけに戦い慣れていることに感心していた。
少数対多数をおっぱじめようというのに、肩に緊張の一つもなく、戦意をみなぎらせている。
それでも最後にもう一度、忠告だけはしておくことにした。
「まずいと思ったらいつでも逃げていいんじゃからな」
「まずいと思うような相手がいたら、逃げるより戦った方が生き残れると思うけどな」
アルベルトにとっては、体力的にどうこうという心配はない。
長いことアンデッドと戦い続けたいつかを思えば、街一つ駆け回って戦うくらい訳ないことだ。当時よりもよっぽど体力もつけて強くなった自信もある。
まずいと思う相手、というのは自分よりも圧倒的に強い敵だ。
そんなのは、背中を向けた時点で死が確定してしまう。戦うことに活路を見出す方がまだましだというのがアルベルトの考え方だった。
「若造め」
その若さが羨ましくなってアードベッグが呟くと。
アルベルトが笑って言い返す。
「ちゃんとついてこいよ、爺さん」
アードベッグも思わず「ひっひ」と声を出して笑った。
若い闘志に触れて、拳に、腕に、足に、全身に力が湧き上がってくるようだった。
「ズブロクの奴が気に入るわけじゃ」
とんでもないことをやろうとしているのに、心は臆さず、体がまだかまだかと急かしてくる。アードベッグは指揮官としてではない戦いの高揚を、実に数十年、いや、百年以上ぶりに全身で味わっていた。
「よし、じゃあ私はちょっと船を囲ってきますので、皆さんはちょっとずつ街の方へ向かっていてください。すぐに戻ります」
「気を付けてねー」
「ん?」
全員で行くべきじゃないのかと提案しようとしたアードベッグは、ハルカは普通に空に浮いてそのままあっという間に海の方へ消えていくのを、口をぽかんと開けて見送った。
「……そういやあ、空飛べるとかわけわからんこと言っておったな」
アードベッグがぽかんとしている間に、アルベルトとレジーナが我先にと道を進んでいこうとする。
「だから、ゆっくりだってば」
「だめよ、急いじゃ」
アルベルトがコリンに、レジーナがカーミラに捕まえられる。
「分かってるって、ゆっくりだろ、ゆっくり」
ハルカが消えていった空の方を見ながらアルベルトは「さっさと戻ってこねぇかな」と呟くのだった。





