特級冒険者なんてそんなもの
「じゃあな。客ならまだしも今日みたいなのは二度とごめんだぜ」
「はーい、じゃあ帰りまーす」
アルベルトは不満げで、レジーナは怒っている。ハルカが悩みこんで、ついでにカーミラもハルカの心配をしているから、応対したのはやっぱりコリンだった。
モンタナと内緒話で、仲間内で相談する時間が必要だと判断したコリンは、余計な問答をせずにさっさとこの場を立ち去ることにする。
ナギが降りられそうな場所はないから、畑がなくなるところまで歩いて行こうとすると、白ひげの海賊が後ろから声をかけてくる。
その指先は空を飛んでいるナギへ向けられていた。
「おい、さっさとあの竜に乗って帰ってくれや」
「畑潰したくないんでいやでーす」
「……じゃあお前らが帰るまでの道案内を出してやる」
白ひげの海賊の目的は道案内ではなく監視だ。
このまま島に潜伏でもされたらたまったものではない。
何人か部下を出そうとした白ひげの海賊に、コリンはにこにこ笑いながら答える。
「いりません」
「遠慮すんなよ」
ジリジリと視線での鍔迫り合いが行われて、コリンが先に武器を抜いた。
「してませんよー。この街の海賊みんな気にくわなかったので、誰かついてきたら生きて帰す気ないんで。ここ、もう街の外なんで大人しくしてなくていいですよねー?」
まともな国相手ならばコリンだってこんな蛮族のような物言いはしない。ただ、人を人とも思わないような輩に遠慮をする気がないだけだ。
「どいつもこいつも……」
白ひげの海賊は怒りを堪えながら呟いた。
呼び出されていた部下たちがその形相を見て、さっと近くから離れていく。結局のところ白ひげの海賊も、頭は少しばかり回るが、沸点が超えた瞬間には感情にまかせた残虐な八つ当たりをすることがある。
部下たちはとっくに訪れていてもおかしくないその瞬間をとにかく恐れていた。
白ひげの海賊は息を大きく吐いて冷静になり、思考能力を取り戻す。
最悪竜さえ飛び立つところを確認すれば、ハルカたちが島外へ出たことはわかる。
それでも島内に残っているようならば、何かを仕掛けてくるに決まっている。数日間は厳戒態勢を崩すことはできない。
面倒だがここで一戦交えてしまえば、ここまで我慢した意味もなくなってしまう。
白ひげの海賊は、ハルカに対して甘そうだという印象は持っているが、少なくとも今交渉してるコリンや、さっき暴れてくれた二人がそうであるとは思っていない。生きて帰す気がない、が本気であることはわかっていた。
「日没までに帰れ。帰らなきゃ俺にも考えがある」
「はーい。あまり心労溜めて倒れないようにね、おじいちゃん」
振り返りながら笑うコリン。
その姿が見えなくなった途端、白ひげの海賊は部下たちに怒鳴り散らす。
「お前ら! 島でくつろいでるクソバカどもに伝えろ。手を貸せとな! 奴らが夕暮れまで島に残ってりゃ全面戦争だ!!」
気の荒い海賊頭領たちにそんな連絡をすれば、自分たちの命も危うい。部下たちは互いに責任を押し付け合いながら街の各地へ散っていく。
どうせ行かなければ白ひげの海賊に殺されるのだ。
海賊の下っぱたちもまた、常に上の顔色を窺って生きるという点では、街の住民たちと大差ないのかもしれなかった。
一方でハルカはゆっくりと畑の間の道を歩きながら一人思考を巡らせていた。
助けを求められない人。
諦めた人。挑戦することすらできなかった人。
ただ、死ぬまでの時間を潰すために生きる人たち。
どこか、この世界に来る前の自分に似ていて、それよりも随分と酷い状況だった。
レジーナは助けを求めないこと、戦わないことに怒っていた。ハルカにもその気持ちは理解できる。でもそれ以上に、街の住民の気持ちも理解できてしまった。
ただこのまま朽ちていく。
何もなく、いつか来る終わりを待っている。
それを直視することが、ハルカにはただ辛かった。
辛いのは、自分がそうでなくなったからだ。
この世界で目覚め、力を与えられ、人と出会い、導かれ、今ここに立っている。
幸運だった。
だったら、求められていなくても、誰かに罵られても、次は自分がそれをやる番なんじゃないだろうか。
特級冒険者の人たちはみんな勝手だ。
勝手なことをして、喜ばれたり悲しまれたり恐れられたりしている。
でも彼らは己のやりたいことに嘘をつかない。
やってから反省することも、時にはあるようだけれど。
「ハルカ。ハルカってば、だいじょーぶ?」
気づけば目の前にナギが降りてきていて、コリンに肩を揺さぶられた。
顔をあげたハルカは、随分と街から遠く離れたところまで歩いてきたことにようやく気がつく。
「で、どうしよっか?」
ハルカの様子が変だからと話を進行しているコリン。仲間たちもハルカの様子をそれぞれ気にしていた。
「……あの」
「なんです?」
ハルカが声をあげると即座にモンタナが反応する。
「すみません、すごく勝手な話をします。私、この島の状況が許せません。今すぐなんとかしたいです」
「おせぇ」
「よし、やるか!」
ろくに話も聞かないうちに、レジーナが文句を言って、アルベルトが気合を入れて振り返る。
「あ、一応後始末とかも色々あるので、話をつけさせてください。アードベッグさん、【ロギュルカニス】はこの島々から海賊を一掃したいんですよね?」
「……いや、まぁ、そうだが」
「海賊の数は随分多いようです。まともにやりあえば犠牲も出るでしょう。船を島につけるのも一苦労だという話でしたね?」
「いやだからってな」
ハルカが何を言わんとしているかがわかるからこそ、アードベッグの口は重い。アードベッグはハルカが強いのだろうとわかってきていたが、どんなに強かろうと、この規模をなんとかできるとは思っていない。
「海賊たちを討伐したら、島に暮らしている人々の生きる場所を確保してください。そうすれば、【ロギュルカニス】に戦闘における犠牲は出ません。労働力としての人も確保できます。それらが海賊のなりすましでないかも、こちらで判断します」
「そりゃあ本当になんとかなるなら助かるがな……」
「失敗してもそっちに損はないでしょ。やらせてみてよ、うまくいった時の報酬は安くしとくから」
コリンが親指と人差し指で丸を作ると、アードベッグは帽子を脱いで残っている頭髪をゴリゴリと掻いた。
「……殲滅が終わったら、この辺の群島はうちで管理していいんだな?」
「ええ。私たちの拠点は遙か東です。ここに拠点があっても使いようがありません」
「……わかった。ただし無理するんじゃねぇぞ。ダメだと思ったら撤退だ」
勝手にこんなこと決めたとあっちゃ、アードベッグだって帰ってから他の十頭にあれこれ文句を言われることだろう。ナッシュが『あのさぁ』と言ってる姿が容易に想像できた。
しかしアードベッグだって、過去の無念を抱いてここまできているのだ。海賊たちの住む街があそこまで非道なものだと知っていれば、もっと早く動くことだってあったかもしれない。
それを長年放置してきたことを思えば、ここで腹を括るのも責任と考えたのだ。
「それから……儂も一緒にやる。そうすりゃあ少しは国への言い訳も立つからな」
アードベッグは帽子をがぽっと頭に乗せてから、左右の腰につけた斧を両手のひらで叩き、ニッカリと歯を見せて笑ってみせた。
いざとなればこの気持ちのいい若者たちのために、殿でもなんでもやってやるつもりだった。





