空っぽ
ハルカからすれば見事な連携としか言いようがなかった。
一応レジーナが暴れそうだなぁと警戒していた隙間をぬってアルベルトが移動、意識が持っていかれたところでレジーナのキックがさく裂した形だ。
じゃあ目の前で殺されようとしている住人をハルカが見逃したかと言えば、そんなことはなかったので、結局パーティの総意としては介入する形になっていたのだけれど。
だからハルカはアルベルトたちを責める気はなかったし、これからどうしようという方向へすぐに思考を切り替えることができた。
さて喝采でも起こるかに思われる現場だが、実際はそうはならなかった。
店員たちは慌てて蹴り飛ばされた海賊の方へ寄っていき、その身の心配をはじめ、頭を踏まれていた店員の心配をしに来るものなど誰もいない。それどころか、助けられた店員もまた、よろよろと立ち上がると、意識を失っている海賊の方へと歩き出したのだ。
ハルカには全く理解できない行動。
アルベルトも「はぁ?」と目を丸くする中、レジーナだけは怒りの表情のまま歩き出す。ふらふらと歩く店員を押しのけ、意識を失った海賊にたかる店員たちも肩をもって引き倒し、寝ている海賊に蹴りを入れようとする。
するとその足に女の店員が縋り付き「おやめください」「もうしわけありません」と謝罪と制止の言葉を口々に吐き出す。
「お前らも……むかつくんだよ! 放せ糞が!!」
相当頭に来ているのか、縋り付く店員にまで手を振り上げたところで、ハルカはようやくレジーナを後ろから捕まえてその動きを止める。
「落ち着いて、皆さんも離れてください、すみません」
「こいつら! なんで戦わねぇんだよ! 何がやめろだ! 何に謝ってんだ馬鹿が! そんな生きる気もない奴らは今すぐ死ね!」
「レジーナ、話はあとで」
レジーナがどうしようもないくらいに腹を立てているのはわかった。
それも海賊にではなく、店員たちにだ。
だというのにその場はやけに静かだった。
レジーナの言う通り、なぜか謝罪を続ける店員たち。
海賊を一撃で伸したレジーナが十分に強いと理解できているはずなのに、それが激高していても彼女たちの目に恐怖が宿ることはなかった。
頭を踏まれ、鼻が曲がり、額から血を流していた店員ですら、当たり前のように気絶している海賊の治療をしている。申し訳ないと思いながらも、なんだかハルカもこの場所がひどく気持ち悪かった。
背筋がぞわぞわする、見てはいけないものを見ているような違和感があった。
「気が済んだかよ」
「うるせぇ、殺すぞ!」
白ひげの海賊のうんざりしたような声かけにレジーナが吼える。
「殺してぇのはこっちだ、ガキが。どうしてくれんだよ」
これに関しては白ひげの海賊の言う通りだ。
大人しくしてると言って無理に街を案内させた挙句の暴行である。
それでもハルカたちにも一応の言い分はある。
「あのままだったら彼女は殺されていたかもしれません。あなたがこの国の統治者だというのならば、住民を守るのも役割なのでは?」
白ひげの海賊は眉を上げ、内心『人の縄張りに来て何を偉そうに』とハルカを罵った。
そもそもこの島で暮らしている海賊以外の住人は、数百年のうちに先代、先々代と遡った頭領たちから受け継いだ財産の一つでしかない。住民なんて大層なものではなく、替えの利く道具でしかないのだ。
絞るだけ搾り取り、病気にかかったり大きなけがをすればそのまま死ねばいい。
海賊の種で宿した子供でも、海賊の方がいらないと言えば財産の一つになるだけだ。
男は畑仕事を延々とするものであるし、見目のいい女は海賊をもてなさせ、とうが立てば店から下げて、一か所に集めた子供の教育をさせる。仕事をさぼっている者がいればいたぶるし、死ねば魚の餌にでもすればいい。
先ほどの店員にしても、苦しめられて死ぬまでが仕事なのだ。
店員たちもそれがわかっているから抵抗しないし、客を傷つけるようなことをすれば、そこでいたぶられて死ぬよりも、もっとひどい最後が待っている。
住民に戦う気などなかった。
死は日常で、恐れることは逆らったときの懲罰ばかりであった。
「お優しいことで。ここのことは不問にするからさっさと帰っちゃくれねぇか? もう見学は十分だろ。ほら、お前らだってこのお姉さんがたが怖いよなぁ!?」
店員たちは白ひげの言葉を聞くと、初めて目に恐怖の色を宿し、こくりと素直に頷いた。ハルカにはそれがすごく悔しくて、何かを言い返したいと思うのだが、何も言葉が思いつかない。
唇を噛んでいるとレジーナが「放せよ」と言った。気持ちが落ち着いているようであることを確認し放してやると、レジーナはそのまま店員たちを睨みつけてもう一言。
「糞が」
そう吐き捨てて勝手に街の外へと歩いていく。
ハルカはせめてと、怪我をしている店員に近寄って手を伸ばした。
するとその店員はびくりと肩を揺らして怯えた表情をする。
彼女にとっては、殺されることよりなによりも、白ひげの海賊に逆らうことになるのが恐ろしいのだ。
「すみません、治すだけなので」
手を伸ばし、触れるか触れないかのところから治癒魔法を使って見えている傷をすべて治す。
ハルカは彼女たちをここから脱出させることができる。
しかし、彼女たちはきっと助けられることを望んでいない。
助け出して、どう生きるのだろう。
何をしてやれるのだろう。
そう考え、ハルカは伸ばした手は力なく引っ込めた。
せめて『助けて』と言ってもらえたら、それらしいサインの一つでもいいから送ってもらえたら良いのに。彼女たちからハルカに向けられている感情は、白ひげの海賊の指令を経由した恐れでしかなかった。
彼女たちは、早くハルカにいなくなってほしいのだ。
早くいなくなってもらって、いつもの、いつ殺されるかもわからない日常に戻りたいのだ。
ハルカは元気なくとぼとぼと街を歩き、門をくぐって外へ出る。
門の外に広がっている畑では、店で働く女性たち同様の目をした男性たちが畑を耕していた。
誰も彼もがハルカたちを見ても何の感情も抱いていない。
辛いも、逃げたいもない。
この島の妙な雰囲気の原因に気づいてしまったハルカは、もやもやとした気持ちを消化できずに小さく息を吐きだすのであった。





