当たり前
モンタナにはハルカが考えていることがなんとなくわかった。
ハルカが何を考えているかがなんとなくわかるし、モンタナ自身もこの街の住人を見るのはかなりうんざりとしてきていた。あまりに負の感情が多すぎて、思わず眉間にしわが寄りそうになってしまう。
ハルカの視線の先には、空っぽの住人たちが二人ほどいたはずだ。
悲しみと不安を覚えるハルカの姿は、人並外れた力を持っているというのに、いつだって人間らしかった。
すぐ近くにいるレジーナは住人を見て苛立ち、カーミラは心配そうにハルカの顔を覗き込んでいる。
「ハルカ」
それほど大きな声ではなく名前を呼ぶと、ハルカの耳がピクリと動き「ああ、すみません」と小走りで距離を詰めてくる。それに少し安心した。
横並びで正面をむけば、少し先で待っているアルベルトとコリンの顔が見えた。
アルベルトはどこかに戦う場はないかと、心を強く燃やしているし、コリンはそんなアルベルトを気にしながら、敵の罠にはまっていないか終始警戒を解かないでいる。
アードベッグは左右に目を走らせ、横柄な海賊の姿を見る度、怒りの炎に薪をくべているようであった。
白ひげの海賊も少し先で足を止めてハルカたちのことを待っている。
「好き勝手歩き回られたら困るぜ」
「すみません」
一言ずつ言葉を交わすと、白ひげの海賊はまた歩き出す。
適当に街をぶらついたらさっさと帰ってもらうつもりだ。迷惑な客を歓迎するいわれなどないのだから。
「なんだか、嫌な雰囲気ですね」
ハルカが体をかがませ、こそりとモンタナに耳打ちする。
そりゃあ海賊の支配する街だ。楽園と言っても、美味い飯といい女がいる上、海賊が好き勝手できるという意味での楽園である。
冒険者の集会所をさらに極悪に治安を悪化させたような場所となっている。
ここにきて、〈オランズ〉の〈悪党の宝〉の面々は意外と統率されていたのだなと実感するハルカだ。
ハルカが食べ物のいい匂いを嗅いでなお食欲がわいてこないなんて相当である。
「きめぇな」
イライラとした様子でレジーナが言葉を吐き捨てる。
「お気に召さねぇか」
ストレートな暴言に、白ひげの海賊が反応する。
背中を向けていると、もっともビシバシと殺気を送ってくるのがレジーナであるから、白ひげの海賊も警戒網を張り巡らせているのだ。
「喋んな死ね」
「随分な言い方じゃねぇか。こちとらお前らが言うから渋々案内してやってんだぜ。今すぐここで放置してやろうか」
売り言葉に買い言葉。
ただ黙って罵られているわけにはいかない。
白ひげの海賊は首をひねり、額に青筋を浮かび上がらせてレジーナを睨む。
「やってみろよ雑魚が。ここにいる奴全員ぶっ殺して更地にしてやる」
レジーナが眉間に深い皺をよせ、首を傾けながらがんをとばした。
両者が肩をいからせて歩き始めた間に、コリンがさっと体を入れる。
そうしてレジーナに寄りかかるようにして、その歩みを無理やり止めた。
「あ、ごめーん、おじいちゃん、気にしないでどんどん歩いてねー」
「……あまり俺を舐めんなよ」
「はーい、ごめんなさーい」
白ひげはまた歩き出したが、レジーナは未だにそのイラつく顔面を消し飛ばしてやろうと右手に金棒を構えたままでいる。
「邪魔だどけ」
「やだ」
「どけ」
「駄目」
行く手を阻まれたレジーナは、イライラしながらもこの場でやり合うことを諦めたのか、舌打ち一つだけしてものすごい形相のままハルカの横へ戻る。
「よく我慢しましたね」
「うるせぇ」
「えらいわねぇ」
「黙れ」
ハルカとカーミラにそれぞれ褒められるが、レジーナはイライラとしたまま地面に八つ当たりするように乱暴に歩いている。何もかもが気に食わないようだが、それはハルカもなんとなく感じていることなので、直接的な暴力まで行かなければ様子を見るしかないかなと考えていた。
仲間であるコリンやハルカたちに死ねとか殺すとか言わなかっただけ成長だろうと、前向きにとらえて少しだけ気持ちをほぐすハルカである。
街の中頃の十字路にたどり着いたところで、白ひげの海賊はうんざりしたようにハルカたちに問いかける。
「もう満足したか? そろそろおかえり願いたいんだが」
「……そうですね。ありがとうございます」
アードベッグが小さく頷くのを確認し、ハルカは白ひげの海賊へ礼を言う。
白ひげの海賊としては、どこまでも丁寧な態度を崩さないハルカもまた、相当に不気味な存在であった。善人であることには違いないのだが、強さに対して攻撃性が低すぎる。
見たことのないタイプの人間というのは、どうも気味が悪くて肩がこるのだ。
白ひげの海賊は十字路を左に折れると、そのまま門へと向かうことにした。
さっきから何度も頭上を飛んでいく大きな竜も、はっきり言ってストレスでしかない。上にどんと降りてこられたらそれでおしまいの質量だ。
空を悠々と飛んでいる姿を見ると、どうしたって被捕食者になったような嫌な気分になる。
言葉少ないまま歩いて門が近づいてきたころ、店先で騒ぎが聞こえた。
ようやくこいつらともおさらばできると、白ひげの海賊が気を抜きかけていた瞬間であった。
すぐ近くで海賊らしき男が、店の女性に暴力を振るっているのだ。この島じゃよくあることで、白ひげの海賊はそんなことはいちいち気にしたりしない。
怪我をすればその間に失われた金、死ねばそいつの人生分の金さえ払うのならば、白ひげの海賊は街の住民に対する暴力を許容しているのだから。運のいいことに、店の女を殴っているのは、いつも難癖をつけては店員をいたぶって殺すのが趣味の、金払いがいい海賊だ。
地面に額をこすりつけて謝る店員の後頭部に海賊の足が乗せられて、徐々に力が込められていく。
店員はそれでもくぐもった声で謝罪を繰り返すだけであった。
周囲の誰もそれを止めようとはしない。
特に問題はない。白ひげの海賊にとっては当たり前の日常だ。
そんないびつな常識が、迷惑な客人たちの行動阻害を一瞬遅らせる。
「何してんだてめぇ!」
白ひげの海賊が気づいたときには、アルベルトが海賊の胸ぐらをつかみ地面に引き倒していた。
「死ね!」
そうして海賊の体が地面に着く前に、ストレスをためていたレジーナがスコンとその側頭部を蹴り飛ばす。海賊の体が飛んでいき、店の机を破壊して壁に衝突して動きを止める。
あっという間もない出来事に対応できたものは、残念ながらハルカも含めて誰もいなかった。





