気味の悪い街
ハルカたちが白ひげの海賊の後に続けば、当然のようにのっそりと起き上がったナギもその後についていく。
顎を乗せれば壊れてしまいそうな壁の前まで辿りついたところで、賢いナギはぴたりと足を止めた。
自分が中へ入るにはよくよく気をつけないといけないぞと気づいたのだ。首を伸ばして街の中を覗くと、中には家がごった返しているし、どうやら道はとても狭い。
ここで留守番は嫌だし、どうしようかなと右左に歩けそうな場所を探していると、顎の下からハルカに呼びかけられた。
「ナギ、空を飛んで待っていられますか? 疲れたら、前に泊まった丘で休んでいてもいいです。用事が終わったら声をかけますので」
ナギは首をぬっと回して、周囲に残っている海賊たちを見てから、翼をばさりとさせて小さく返事をし、素直に空に飛んでいくことにした。
この辺りをぐるりぐるりと回っていれば、道を歩いているハルカたちの姿も見える。
飛んでいていいと言われるならば、黙って地面に伏せているよりはよっぽどましだった。
海賊たちはナギが自分たちをジロリと睥睨してから、威嚇のように低く唸る声を出して空へ飛んでいくのを震えながら見守っていたわけだが、その辺りは主観と客観の違いであるので感じ方は人それぞれだ。
ハルカは、いつも留守番をさせて悪いなぁと飛んでいくナギを見送って、ピッタリと横に張り付くレジーナと一緒に街へと入る。
そんなことをしている間に、白ひげの海賊は街へ部下たちを走らせていた。今のこの島に滞在しているのは、運がいいのか悪いのか、それなりに大物の海賊ばかりだ。
さっき真っ二つにしてやった馬鹿より腕の立つものも多い。
それらに、後ろについてくるよくわからん奴らを刺激しないようにと、部下たちに伝言させたのだ。
大体の頭領はそれでわかるはずだが、場合によってはわざと問題を起こすような輩もいるかも知れない。
白ひげの海賊はこの島を牛耳る、海賊たちの中では最も勢力を持っていることには違いない。だが、だから全員が全員言うことを聞くわけではない。
この辺りに住んでいるのは、虎視眈々と他の頭領を追い落として、全てを手に入れようとする強欲なものばかりだ。
客としてここにきているから、一応忠告はしてやるけれど、いざとなればそれを理由にぶっ殺してやってもいい。そんな奴らはどうせいざって時にも足並みを揃えられないに決まっているのだから。
なんなら迷惑な客人に自分も困ってるみたいな顔をして代わりにやってもらうってのも手だ。
それで共倒れしてくれれば言うことはない。
碌でもないことを考えている白ひげの海賊だったが、ハルカはそんなことはつゆ知らず、その背中についていく。
街の中でも大きな通りを歩いているわけだが、その道なりに出ている店はどこも華やかだった。
煌びやかな装飾品や、食事をするような店ばかりが並んでいて、ハルカに言わせれば観光名所のような雰囲気がある。
ただ、ハルカはその景色に違和感を覚える。
華やかであるにしては治安が悪く、ならずものが下品な言葉を投げかけてくることも、違和感といえば違和感である。ただ、ハルカがぼんやりと受け取っていた違和感はそこに起因するものではなかった。
この街は客の海賊こそ元気に行き交っているが、街に住む人の生活感というものがまるでないのだ。
接客をしている人たちは笑顔だ。
笑顔で、海賊に何をされても笑ってやり過ごしている。
店の店員は皆若い女性ばかりで、威勢の良い店主の呼び声は聞こえない。
進めば進むほど覚える違和感に、ハルカはだんだんと気味が悪くなってきた。
ふと入り組んだ路地に目を向けると、道端に転がったものをゴザのようなもので包み込んでいる人たちがいる。
ノロノロと作業しているその人たちは男性で、汚れた衣服をかろうじて体に纏っているような状態であった。
目を凝らしてみれば、その人たちがおもたそうに転がしたものからは、ぽたりぽたりと雫が垂れていることがわかる。
大通りから続く引きずったような痕跡。
そこから推測するに、担ぎ上げられている何かは、つい最近まで人であったものに違いなかった。
足を止めたハルカに、海賊の一人が下品な言葉を投げかける。
その声に気づいて振り返った死体を担いだ男たちの目は、畑仕事をしていたものたちと同様、ぼんやりとしており、感情の見えないものであった。
頭上をナギが通り過ぎて、大きな影が街の中心に向けて大通りを抜けていく。
海賊たちはなんだなんだとどよめいていたが、街に暮らす人々はポカンと空を見上げ、ややあって、何事もなかったように動き出す。
噂話の一つも出てこない。
海賊たちが唾を飛ばして空を指さしているのを見ると、余計に住民たちの無関心さが目立った。まるで自分には関係ないとでもいうように。まるで自分たちには危機が訪れることはないと確信しているかのように。あるいは、死ぬことを恐れていないようでもあった。
男たちは地面にシミを作りながら、死体を担いで路地の奥へと消えていく。
ハルカは一見煌びやかに見えるこの街が、どうしたって好きになれそうになかった。





