上手なごね方
殺された相手は、ハルカを脅してナギを取り上げようとした悪者だ。
どう考えても善人ではなかったが、仲間割れのようにも見える殺し合いは見ていて気分のいいものではない。
「仲間ではないんですか?」
問いただすようなハルカの質問に、白ひげの海賊は肩を竦めた。
「仲間? まさか。俺たちは別の海賊。この島は俺が管理している海賊の楽園だ。言うことを聞かない馬鹿はぶっ殺す権利を持っている」
殺された男は『人の島』と言っていたが、確かに『他人の島』であったらしい。
流石海賊が治める島だけあってルールも物騒だ。
「どうやらお気に召さないようだな。昔からの流れで海賊って名乗っちゃいるがな、俺はこの島の王様みたいなもんだ。勝手に人の島に入ってきて好き勝手してるのはそっちだぜ? それで、おたくら何の用できたんだっけか、ん? この爺に教えてくれよ」
にやにやと笑う白ひげの海賊は、勝ち誇った顔で両腕を広げた。
ハルカが黙り込んでいると、広げた腕を閉じてパンと手を叩く。
「この馬鹿が、【ロギュルカニス】を荒らす心配はなくなった。さて、おたくらがそこで俺を睨んでいる理由はなんだ?」
白ひげの海賊は、正しいことをする者たちが何を嫌がるか知っている。
集団で熱に浮かされたようになっている状況ならばともかく、この人数で冷静に思考できる状態で、道理が通らないことをするには抵抗があるに決まっているのだ。
「おい」
ハルカが歯噛みしていると、レジーナが金棒を肩に乗せて声をかけてくる。
「なんでしょう」
「障壁どけろ。あいつあたしたちを舐めてる。ぶっ殺す」
「……舐めちゃないぜ、理由を聞いてるだけだ」
レジーナに続いてアルベルトも前へ一歩出たことで、白ひげの海賊は態度を軟化させる。彼が主に情報を集めている先は、【ドットハルト公国】の沿岸や、【神聖国レジオン】。それに、時折【グロッサ帝国】くらいのものである。
それぞれの沿岸地域は、いずれも組織化された軍が主に警戒するべきであり、冒険者の活動は控えめな地域だ。
レジーナやアルベルトのそれは、兵士というよりも、どちらかと言えば海賊たちのやり方に近いものがある。
舐められたから即座に交戦の判断をするなんて、想定外の動きだった。
殺しを見て戸惑いを覚えるような交渉者相手ならば、終始強気で押せばこの場は乗り切れると判断していたが、同行者がこれでは話が違ってくる。
厄介なのは交渉者であるハルカが、それを制御しきれていない点だ。
白ひげの海賊にとっても、彼が知っている軍隊においても、トップの指示は絶対なのだが、この集団はどうもそうではない。
「……すまんが、うまく交渉して内部を探ることはできんか?」
両手に斧を持っているアードベッグがぼそりとハルカに頼む。
本来はこのまま立ち去っても良かったが、依頼を受けている手前、その意思は尊重したい。
ここに来る途中の畑を見ていても、この島の住人はなんだか妙な雰囲気がある。
それが気になっていたハルカは、コリンたちと目配せをしてアードベッグのお願いを聞くことに決めた。
そうは言ってもハルカにそんな交渉技能はない。
うーんと静かに頭を悩ませているうちに、コリンが前に出てその役目を請け負ってくれた。役割分担ではあるが、面倒ごとばかり任せているので後でお礼を言って労わなければと思うハルカである。
「わざわざここまで来たのに帰れってこと?」
「用は済んだろう?」
「そいつのために、わざわざ来たんだけど?」
真っ二つになった死体に対してコリンは容赦ない。
使える物は何でも使うのが、父の背中から学んだ交渉術だ。自分とは関係のない死体の数ダースくらいで怯む商人は一流にはなれないだろう。
「こいつには身をもって反省させただろうが」
「反省ってさー、こっちには何の得もないんだよねぇ。私たちがそいつを許すなって言ったなら分かるよ? でもさぁ、勝手に早とちりして殺したのはそっちじゃーん」
「あー、わかったわかった、金品をいくらか土産に持たせてやろう。おいっ」
白ひげの海賊が手を振ると、部下が近寄ってくる。
そこに何を持ってこいと言っている間に、コリンは腰に手を当てて一歩前へ出た。
「だからぁ、そんなこと要求してないじゃん」
白ひげの海賊はぴたりと口を動かすのをやめ、耳を寄せていた部下の頭を乱暴に押しのけると、舌打ちを一つしてつま先をパタパタと動かした。
どんなに知恵のまわるものであろうと、所詮は海賊の頭領の一人であり、交渉は暴力ありきでやってきた。ここまで相手から物事を強く要求されて、生かしておいたものはこれまでの人生は一人たりともいなかった。
左手の指で順番にサーベルの柄を叩きながら気持ちを落ち着け、深いため息とともにこの場でイニシアチブをとることを諦めた。いっそ怒りのままに暴れてやろうかという気持ちもあったが、あまりに強者の数が違いすぎる。
やるならばせめて、他の海賊の頭領たちを集めてきた上、人質を取るくらいしないと勝算が低すぎた。
「わかったわかった、大した小娘だな。要求は何だよ、お爺ちゃんが何でも聞いてやるよ」
「さっすが、話が分かりそうなお爺ちゃん。私たちちょーっと街がどんなところか見せてほしいだけなんだぁ。なんたって、海賊の楽園、なんでしょ?」
白ひげの海賊は腕を組んで渋い顔をする。
「楽園って言っても女子供にゃ面白い場所じゃないぜ。精々そっちの兄ちゃんとドワーフの爺さんならまだしもな」
「ああー、いいのいいの。興味本位だしさー」
白ひげの海賊は少しばかり体を傾けつつ、どうしたものかと考える。
ここは自分の国だと宣言してあるから、どうせ中へ入ってみられて困るようなものはない。他人の国がどうなっていようと、よそ者にけちをつける資格はないからだ。
ごねてくるにしても、善人たちならばこの辺りが限界だろう。
「よし、分かった。そんじゃあ特別に街の案内をしてやろう。ただし見たら大人しく帰るんだぜ」
「わーい、ありがとう、お爺ちゃん」
「ま、良いってことよ」
コリンの煽るような追撃の言葉に、白ひげの海賊は振り返り背中を向けて鬼のような形相をしながらそう答えるのだった。





