海賊の島
ノーダメージなのがわかっていても、卵の頃から育てたナギが悲しそうにしていると心が痛むのがハルカである。ずりずりとハルカたちの方へにじり寄ってきたので、後方の障壁を消してハルカはナギの鼻先を撫でてやった。
攻撃されたと思われる場所を見るが、ほんの僅かな傷もない。
「びっくりしましたね」
「丈夫じゃなぁ……」
感心するアードベッグはいつの間にやら両手に斧を構えて戦闘態勢だ。前方に障壁が張ってあることにはまだ気づいていないらしく、ナギを気にしつつも弓への警戒を怠っていない。
昔は戦っていたという話もあながち噓ではなさそうだ。
「随分と余裕だな」
白ひげの海賊がハルカに向けて話しかける。
ドワーフであるアードベッグが同行していることから、一行が敵対勢力であると判断しているが、聞いた話によれば特にハルカは危険だと判断している。
空を照らすほどの魔法を展開する癖に、無謀だが怪力を誇る海賊頭領の一人である男に力比べでいい勝負をしたというのだから警戒せざるを得ない。白ひげの海賊は、あの腕っぷしだけの頭領がいい勝負と言うからには、完膚なきまでに叩きのめされたのだろうと判断している。
その通りである。
ハルカは弓の数を見て、さっと空に手を挙げた。
この間と同じく空にファイアアローが展開されると、それを知っているはずの海賊たちの間にも動揺が走った。ついでにアードベッグまでもが「なんじゃあ、ありゃあ……」と呟く。
【ロギュルカニス】はあまり魔法が発展していない上、アードベッグはまだハルカの戦闘能力をほとんど知らない。竜を乗りこなしており、ズブロクに認められるほどだと聞いて、この魔法の展開を想像することは難しいだろう。
「私は約束通り確認に来ただけですが、いきなり攻撃とはずいぶんな歓迎ですね」
「そんなにでかい竜を連れて、ドワーフまで連れてきて、見学したら帰りますは信じられないだろうが」
「そちらが【ロギュルカニス】を荒らすようなことをおっしゃったので、こうして確認しに来たのですが?」
白ひげは顔をしかめて、空に浮かぶファイアアローを見てから、男の背中に目を下ろす。白ひげの男は時折人の国へ入り込んで、世間の情報を集めているから、この海賊島という存在が、見逃されているだけだと理解している。
だから程々にしか悪さをしないが、馬鹿な若者は平気で悪さをするから困ってしまう。弓矢の数に対して、空に浮かんだファイアアローはほぼ同数。ハルカのけろりとした表情が、辛いのを我慢しているのか、それとも本当に余裕があるのか探ってみるが、どうも後者であるようにも見える。
弓矢を一斉に放てば、一人二人傷つけることができるかもしれないが、ファイアアローの威力は普通の矢のそれではない。被害は自分たちの方が間違いなく大きくなるに決まっていた。
脳内で素早くそろばんをはじいた白ひげは、男の背中に問いかける。
「おい、あれの言うことは本当か?」
「そんなわけねぇだろコラ」
頬をひきつらせるように笑う男の言葉はまるで信用ならなかった。
白ひげは腕を上げ、その指先を男の方へ向ける。
「俺は俺を騙せると思ってる間抜けと、不利益をもたらす馬鹿は嫌いだぜ」
「おいおい、俺を狙ってる暇があったらあいつを……!」
「放て!」
矢が一斉に男に向けて放たれた。
男は舌打ちを一つすると、部下たちの方へと飛び込んで、素早くそれを盾にして矢を防いだ。四方八方から飛んでいった矢のいくつかはハルカの障壁にあたり落ちて、残りの殆んどは男の部下たちをハリネズミにすることとなった。
「何をしているんですか!」
ハルカが声をあげると、白ひげの海賊は両手を上げて鼻を鳴らした。
「【ロギュルカニス】に攻め込もうなんて考える、愚かな不届き者を始末しただけだ。そちらの手を煩わせるのも悪いと思ってなぁ」
矢が弾かれたことを目ざとく確認した白ひげの海賊は、この褐色肌の女だけは絶対に敵に回すべきではないと判断する。空を飛ぶ竜を連れている上、単騎でこの戦力だ。一緒にいる仲間たちがそれよりも弱いとしても、ここで戦うにはあまりにリスクが高すぎる。
戦力を探りつつ、まずはここを穏やかに去ってもらうことが、今白ひげの海賊がやるべき最優先事項であった。
「うぉおおおお!」
男の咆哮が聞こえ、だらんと力を失った部下の一人が白ひげの海賊に向けて放り投げられる。白ひげの海賊はこぶしでもってそれを殴り避けたが、その頃には男はもう走りだしていた。
「生きてるやつは俺に続け!!」
肉盾にされた仲間がいるというのに、男の部下たちはその号令に従い白ひげの海賊がいるやぐらに向けて走り出す。
矢が放たれて次々と部下は倒されていくが、男は体に比べるとやや小ぶりな剣を振り回して矢を叩き落としながら猛進していく。立ちふさがる海賊たちを、切り伏せ、蹴り飛ばし、踏みつぶすその姿は闘牛のように荒々しい。
幾本かの矢が体に刺さっても男はお構いなしだった。
ハルカたち置いてけぼりの戦いが始まってしまった。
「おい、あれ、今なら全員倒せるんじゃね?」
「だめ」
アルベルトが指をさして戦闘への参加を訴えるが、コリンにあっさり否定された。
レジーナは他はともかく、白ひげの海賊だけが少しばかり気になる様で、そちらを注視していた。
やがて男が暴れてやぐらを体当たりで倒したところで、白ひげの海賊がサーベルを抜いて飛び降りてくる。
「馬鹿が、串刺しだ!」
男が真上に剣を突き出すと、白ひげの海賊はトンと、その上に着地した。
「……は?」
「馬鹿はお前だ」
白ひげの海賊が地面に足をつけた時には、男の体の中心には一筋の線が走っていた。
「あ、ああ? あ、ああぁ……」
体がずれ、男が妙な声をあげながらその場にゆっくりと崩れていく。
白ひげの海賊はそんな男から目を逸らし、ハルカたちと正面から向き合ってサーベルを収めながら言った。
「本当に海賊なんてのは馬鹿ばっかりでな。俺も大変なんだ。少し大目に見てもらえると助かるぜ」





