のしのし
「海賊って強いのか?」
アルベルトの率直な質問に、どう答えるべきかハルカは少しだけ迷った。
ハルカが対峙した相手も、世間一般からすれば十分強い部類なのだろうけれど、アルベルトたちと対峙するには物足りない。おそらく三級から四級冒険者程度の実力だ。
「特別危険な相手とは思いませんでした。怪我の具合から推察するに、身体強化はできないか得意ではないかと」
「奴ら海の戦いには慣れとるぞ。足場が揺れるところなんかじゃとめっぽう強い」
「へぇ、そっか、船って揺れるんだもんな。俺あんまり船乗ったことないからなぁ」
ハルカたちの移動はいつも徒歩だったし、最近ではナギの背中に乗っていることの方が多い。慣れない環境で戦うかもしれないことを考えれば、油断すべきではないだろう。
ハルカが相対した相手があの島で最も強いとは限らないのだ。
開いていた地図を覗き込んだコリンが、点在する島の大きさを見て首をかしげる。
「島って結構大きいねー。海賊どれくらいいるの?」
「わからんが千じゃきかんな。奴らが島に住み始めたのは最近のことじゃないんじゃ。千年ほど前に、人族が大挙して西へ逃げてきたことがあったじゃろう? その時に島へ逃げ出した奴らの子孫のようじゃ」
つまり歴史的にみると、そこらの国よりもずっと長いことあの島々を治めている領主ともいえる。相対した海賊が『人の島に入って……』とハルカに文句をつけてきていたが、それもあながち間違いではないような気がしてくる。
しかしだとするならば【ロギュルカニス】が交易するでもなく、海賊として扱い相対しているのがよくわからない。
「それだけ長いこと島を支配しているのなら、実質国といっても差し支えないのでは……?」
アードベッグは鼻を鳴らして肩を竦めた。
「あやつら結束力がまるでない上、近づいてくるものは襲っていいとおもっちょる。いっつもいくつかの集団に分かれていがみ合いしている癖に、いざ討伐しようとすると手を組むから面倒なんじゃ」
「当時の討伐が半端に終わった理由は何だったのでしょう?」
「島に近付くと見えない岩礁があってな、上陸に苦労する。その上島の数が多く、地の利がないから犠牲も出よう。隠れられては探し出すのも面倒じゃ。じゃからこちらの邪魔さえしなければよいと判断したんじゃ」
「次は勝算があるの?」
コリンに尋ねられるとアードベッグはにやりと笑った。
「潮の流れ、上陸できるルート、島の位置や数は時間をかけて把握した。以前は東の帝国と南の小国群が騒がしかったせいで、戦いを長引かせるわけにはいかんかったが、今回は落ち着いとる。でかい島一つ基地にしてじっくり潰してやろうって腹じゃ」
アードベッグは少しずつ少しずつ情報を集めて、準備だけは進めてきたのだ。それを発揮する機会はもうこないのかもしれないと、気持ちが萎えてしまっていただけで、悔しさまでを忘れたわけではない。
好き勝手に生きているように見える冒険者たちに触発されて、アードベッグの心はいつの間にやら燃え上がっていた。
さて、地図を見て分かったことだが、どうやらハルカが降り立ったのは、群島の中でも特に大きな島の一つであったようだ。
眼下にいくつかの島を通り過ぎれば、日が傾く前に目的の島まで到達する。
どうも先日出立した時よりも、島に停泊している船の数は少ないようだが、それでも港らしき場所には数十隻の船が波にゆらゆらと揺れていた。
島の北側には街のようなものが見える。ハルカが夜に明かりを見たあたりだろう。
ナギに指示を出して、できるだけ街の近くに降りてもらい、そこからは歩いて街らしき場所へと向かう。今回の場合は相手が海賊と分かっているので、ナギを待機させずに細い道を後ろについてこさせている。その上には障壁で囲ったエニシが待機だ。
降りて歩くことも考えたのだが、エニシに関しては戦闘力が本当に皆無なので、今回はナギの上でおとなしくしてもらっている。
道沿いに生えている木々がめきめきと何本か折れたあたりで、ハルカは「空からついてきてもいいんですよ?」とナギに言ってみる。するとナギは地面にべたりと張り付いてしまった。どうやら折角なので一緒に歩きたいという意思表示のようだ。
「じゃあ一緒に行きますか」
まぁ、ナギが気にならないならそれで構わない。
ちょっとした自然破壊だけれど、この島に住むという観点からすれば道が広くなって便利かもしれない。
街に近付くと畑があって、家の屋根が見えてくる。
街を囲う壁は二メートル程度と低い。おそらく魔物や肉食の野生動物による被害があまりないのだろう。
ただし櫓の数がやたらと多いのが少し気になるところか。
畑仕事をしている人々はぽかんとナギを見ていたが、逃げようとも攻撃しようともしてこない。その姿は精巧に作られた人形の様で、少々不気味でもあった。
ずんずんと街を進んでいくと、先日ハルカを囲んだ男がすごく嫌そうな顔をして待っているのが見えてきた。あれだけやられる姿を見られても見捨てられなかったようで、この間同様ちゃんと部下を連れている。
「約束通り追ってきていなかったようですね」
「約束は守るって言ったぜ」
男は自慢の胸板を逸らせたが、なぜか仕切りに背後の様子を気にしているため格好がつかない。この間散々にやられた相手を前にして、そちらに集中しないなんて妙である。
「……隠れてんな」
「そですね。櫓にも、周りにもたくさんです」
レジーナとモンタナが言ったときには、アルベルトは剣を抜いていた。
戦いにならなかったとしても準備は大事である。
「戦う気ですか?」
「ほぅ、流石にばれるか」
問いかけに反応したのは男ではなかった。
櫓の上からぬっと長く白いひげを生やした男が顔を出すと、同時に四方八方から弓を構えた海賊が飛び出してくる。
ハルカはすぐに障壁で仲間を囲ったが、それと同時に背後から「この化け物!」と声がして、硬いものがぶつかり合う音がした。
振り返ると、いつの間にか鼻先をならず者の一人に近付けていたナギの姿があった。
上からだとずっと隠れている者たちの姿が丸見えだったナギは、何しているのかなとそーっと顔を寄せていたところ、影がかかって気付かれてしまったのだ。とっさに剣を抜いて切りつけた海賊だったが、全力の一振りはならず者の手を痺れさせるだけに終わった。
びっくりしたのはナギである。
怖がられるのは慣れていたが、まさか攻撃されるとは思わなかった。
痛くもかゆくもなかったが、それでも攻撃されたのはちょっとショックである。
ナギはぬーっと顔をひっこめるとべったりと地面に張り付き、悲しそうな目でハルカたちを見る。
海賊たちは気が気じゃなかったが、ハルカたちはナギがかわいそうでなんともいたたまれない気持ちになっていた。





