異文化交流
会議の結果、コリアたちを含むハルカたち全員の【ロギュルカニス】での自由行動が許可された。そうなるとやるべきことは〈マグナム=オプス〉へ向かい、コリアたちの用事を済ませることくらいである。
それは例えば家族と交流することであったり、命を落とした仲間たちの家族への連絡であったりするわけだが、その辺りの事情にハルカたちは関与するつもりはない。
その間に仲間を連れて、ちょろっと海賊たちの島を見に行こうかなと考えているハルカである。
カティは捕まってからも特に何を話すこともなく過ごしているようで、どこからどんな情報と援助を得ていたのかはまだ分かっていない。しかしそれもまた、ハルカたちがどうにかする話でもないので現状ではノータッチだ。
宿に引き上げたハルカたちは、まとめるほどもない荷物をチェックして、明日の出発に備える。
早々に準備を終えてしまったハルカは、宿の前に設置されたベンチにポツンと座って、今日も魔法の訓練をしていた。このベンチを用意してくれた宿の主人も、今や収監されてこの場にはいない。
今回は特に話の流れについていけなかったハルカは、頭の上に水球を回しながら街を行く人々を眺めていた。
それなりに交流できたと思えていた街の人も、宿で物騒な事件が起こったことを知っているから、遠巻きにして近づいてこない。
関係値がまた振りだしに戻ってしまったようで残念だが、元々ハルカはこの国における異物である。ならばこれも仕方のないことかと寂しい気持ちに言い訳をしていた。
「姉ちゃん、どこ行ってたの?」
一人の少年が駆け寄ってきて、ハルカに声をかけた。ハルカの目からはドワーフなのか小人なのかはわからない。
遠くでは一緒にいたであろう友人たちが足を止めて様子を見ている。
きっとここに近付くなと親に言われているのだろう。
それでもやってきた少年に向けて、ハルカは微笑んでみせた。
きっとこんな好奇心旺盛な子が、将来色々なことをなしていくのだろうなとなんとなく思う。
「外に竜がいるでしょう。あの子に乗って北の国へ出かけていました」
「へぇ、すっげー! ここね、姉ちゃんのいない間大変だったんだ。兵士とか来てさ」
「そうみたいですね。仲間から話を聞きました」
「大丈夫?」
子供らしい、言葉をいくつか省略した端的な質問だった。
ハルカは少し考えて、きっと仲間の心配をしてくれたのだろうとあたりをつける。
「はい、みんな元気です」
「お菓子の姉ちゃんは?」
「元気ですよ」
どうやらこの子はエニシにお菓子を配られた子供の一人らしい。
少年からすれば、ハルカは不思議な術を使うけれど、エニシはただニコニコとお菓子を配っていただけの年の近い女の子だ。
そりゃあ心配の一つや二つするだろう。
話をしているうちにいつの間にか少年の友達たちも近寄ってきていて、宿の中で人が動いているのを気にしている。
「姉ちゃんってどっからきたの? ここに住むの?」
「いえ、明日には出ますよ。私は……、ここからずっと北東にある国から来たんです。冒険者、という困っている人に手を貸して、旅をするような仕事をしています」
本当はもっと色んな仕事があるけれど、この国に冒険者という仕事がないのであれば、説明はそれくらいで十分かなと思う。少し良く話してしまったのは、ハルカが冒険者という仕事を好いてもらえたら嬉しいと心のどこかで考えていたからだろう。
「へえぇ、旅ってどれくらい?」
「そうですね……私の住んでいる国まで歩いたら……数カ月かかるかもしれませんね」
旅に慣れているかどうかでも随分と変わってくる。
毎日十分な距離を歩けるベテランの冒険者でも、二カ月近くはかかりそうだ。
想像もつかないような話をされて、少年たちは感心したような声をあげながら口をぽかんと開けた。
悪戯心が湧いたハルカは、笑いながら付け足す。
「でも外にいる竜の背中に乗せてもらえば十日もかかりませんよ」
「すげぇ! 竜ってどこにいるの?」
「北の大陸にたくさんの山が連なる場所があるんです。そこには竜がたくさん住んでいて、あの子のような空を飛ぶ大きな竜だって住んでいます。でも気を付けてください。あの子のように大人しい竜ばかりじゃありませんから、もし行くことがあっても油断してはいけません」
興味を持った子供たちはハルカに竜の話をもっととせがむ。
語るのが楽しくなってきたハルカも、ついでにヴァッツェゲラルドや、南方大陸の岳竜様ことグルドブルディンの話をしてやる。
そうしてこの街の湖に浮かぶ火山にも、同じく巨大な竜であるラーヴァセルヴが住んでいて、という話を始めたあたりで、宿からひょっこり顔を出したコリンに「ご飯だよー」と声をかけられる。
「……話はこれくらいにしておきましょう」
「えー……。俺も外の世界見てみたいなぁ」
最初に話した少年が言うと、他の子たちも次々に俺も俺もと同意する。
調子に乗って楽しい話ばかりし過ぎてしまったと反省したハルカは、最後に忠告だけして宿に引っ込むことにする。
「面白いこともたくさんありますが、外の国には危ないこともそれ以上にたくさんあります。強くならないと旅をするのは難しいですよ」
「どのくらい?」
「そうですね……」
適当な例えが見つからなかったハルカは、ここはひとつ目標は高く持ってもらおうと、とんでもない人物を引き合いに出した。
「ズブロク将軍に認められるくらいでしょうか」
「えぇえ、無理だよー」
ハルカは子供たちの反応にほっとする。
これで誰だそれと言われては、脅かした意味がなくなってしまう。
「それじゃあ私はご飯を食べてきますので」
「姉ちゃんさー、外のどこに行ったら会えるの?」
「そうですね……。北方大陸の【独立商業都市国家プレイヌ】の東にある街〈オランズ〉へ行って〈竜の庭〉について尋ねてみてください。もしたどり着けたら歓迎しますよ」
少年がぶつぶつと口の中で今言ったことを繰り返すのを見ながら、ハルカは宿の中へ引っ込んでいく。
この国は今、外へ出ることも禁じられている。
それでも、いつか少年が大人になり、冒険者として自分を訪ねてきたらという妄想は、なんだかとても愉快なものであった。





