女王の友
帰還の報告などしなくても、ハルカが帰ってきたのはすぐに十頭へ伝わった。
ナギが街の入り口で待機しているのだから当然のことである。
招集をかけたのはヒューダイで、翌日の昼前には全員がいつもの円卓に集まった。
死んでしまった小人の老人ブッカム、収監されているカティ、それに迎合していたとされる小人の二人。計四人の十頭が席から外され、円卓には空席が目立つ。
今日はみんなしてぞろぞろとやってきたので人口密度は高いけれど、会議室には妙な雰囲気が漂っていた。
それらをあまり気にしていないのは将軍ズブロクと、鍛冶師のボルス。
気にしないように努めているのがアキニといったところだろう。
ハルカが会議が始まってすぐにエリザヴェータからの手紙を取り出すと、ナッシュが席を立ってそれを取りに来た。ハルカからするとちょっと意地悪な相手なので苦手意識があったが、ナッシュはしばらくアルベルトたちと暮らしていたのですっかり慣れたものだ。
「ええと、お願いします……」
「……ああ、どうも」
そんな空気に気づいたのか、ナッシュも微妙な反応で手紙を受け取り、席へ戻った。他の十頭も集まってきたところで慎重に開封し、全員に見えるように広げること暫く。
全員が大体目を通したところでヒューダイがハルカに問いかける。
「何か言伝などはありますか?」
「渡せばあとは皆さんとリーサで調整すると言っていました。私はどうせそんなことは苦手だろうから首をつっこまなくていいと……」
「リーサ……?」
「……失礼しました、エリザヴェータ陛下のことです」
つい最近気を抜いておしゃべりをしたせいで呼び名を間違えてしまったが、十頭の面々はそれほど驚かない。なぜなら渡された手紙の中に『ハルカは王国におけるもっとも大切な友人の一人である』と記載されていたからだ。そして『【ロギュルカニス】もその友人の一人となることを楽しみにしている』といった内容も。
もちろんそんな直接的ではなく、長ったらしく仰々しい文章で書かれているのだけれど、言ってしまえば【ディセント王国】女王エリザヴェータは、現状では【ロギュルカニス】よりもハルカとの付き合いの方を大事にしていると、堂々と宣言したのと同じだ。
ヒューダイやアキニあたりは、それを使者に送るなどどういう了見だという、怒りのようなものもその本文から読み取っていた。
のびのびと、堂々と、紙面いっぱい使われて踊るように書かれた美しい文字は、エリザヴェータという個人の獰猛な性格を表しているようである。
最終的な結論としては、互いの利になり得るので良好な貿易を進めたいという話ではあったが、込められた主張は十頭全員が受け取っていた。
ハルカはエリザヴェータと仲がいいと真実を語ったが、十頭たちは話半分でそれを聞いていたのだ。まさかハルカが語る以上に関係が近いようだとは今この瞬間まで思っていなかった。
「どうでしょうか? 当初の約束は守れたと思うのですが……」
それでも少し遠慮がちのハルカに、十頭の一部は心の中でため息を吐く。
もう少し堂々としてくれればいいのにと。
十頭がそれぞれの席に戻り、ナッシュが顎を少し上げてにやけた面を作りながら採決を取る。今となってはそのにやけ面が、少しでも自分を大きく見せよう、余裕を見せようとするナッシュの空回りであることをアルベルトたちは知っていた。
「伯爵領との交易を打ち切り、今後は【ディセント王国】と直接の交易をはじめたい。それに伴い、コリアたちに元〈マグナム=オプス〉の船乗りを含む、客人ハルカ一行の【ロギュルカニス】への出入国の自由を約束したい。否がある場合は挙手をして発言してもらえる?」
「偉そうに仕切るな、ガキが。賛成じゃ」
「だから賛成なら黙っててよね」
ズブロクが声をあげると、ナッシュは半目になって文句を言った。
ナッシュがぐるりと見まわしても反対意見は出てこず、ハルカの要求はあっさりと可決された。北方大陸まで行って手紙をもらってきた時点で、十分な労力を支払っていると取ることもできるけれど。
「ってわけだから、これで決まり。君たちは晴れて【ロギュルカニス】のどこでも自由に飛び回っていいってことになるね」
「ありがとうございます、あの、もう一つこの場を借りて確認したいことがあるのですがいいですか?」
「いいけど……何?」
コリンたちから聞いた話によれば【ロギュルカニス】は海賊と戦ったことがある。
それに勝利したというのであれば、あの島にそれらしき船がたくさんあったことは不思議だった。
「ここから北の海に、島がいくつかありますね。あそこには国があったりするんでしょうか?」
「どうなんだ?」
ナッシュが話を振る相手はヒューダイだ。
一応交易を担当しているからその辺りには詳しいはずである。
先ほどコリアたちに確認したところ、ハルカが立ち寄った島のあたりは航路から大きく外れているから知らないそうだ。
【ロギュルカニス】の船は、神聖国レジオンをかすめるように進んでいくため、そもそも立ち寄る必要がないらしい。
「いえ、国としての体をなしているものはないはずですが……」
曖昧な答えを発したヒューダイが視線を向けるのは、アードベッグ。
その辺りは〈マグナム=オプス〉を拠点とする船乗りたちの代表であるアードベッグの方が詳しい。
「……海賊が住んでいる」
「海賊って戦争で倒したんじゃねぇの?」
「勝利はした。しかし条約を結んでこちらに手を出さないようになっただけだ。数ある島に散らばられた海賊どもを討伐するには、あまりに手間がかかりすぎる」
「なるほど、わかりました。その辺りの地図などを譲っていただくことはできますか?」
アードベッグは腕を組んで少し考える。
【ロギュルカニス】からは離れた場所であっても、情報は情報だ。
普通は外の国から来た者に地図なんて渡さない。
だが、空を飛べるというアドバンテージを持っているハルカに地図を出し渋ったとて、相手の手間を増やすだけだ。
「古いもので良けりゃあ譲ってやる」
「ありがとうございます」
今回の件でアードベッグも、ほんの少し、外の人や、自分の在り方について考え直しているところであった。





