昔の清算
話は全体を通して聴けば、すれ違いもあって何とも悲しい内容だった。
どこかで何かが違っていれば起こらなかったかもしれない事件。
ハルカたちがやってこなければという見方もできるけど、もしそうだったとしたら、カティの計画はもっと綿密に進められ、より多くの被害を出していた可能性が高い。
誤解を解こうとした人がいなかった。
みんながみんな真面目で頑なだった、というのがこの事件が起こった原因の一つなのだろう。
カティは大きな過ちを犯したが、元をたどれば家族への愛情が強い女性であっただけのはずだ。根からの悪人かと問われるとそうではないように思えた。
なんにせよ、すぎてしまった話だ。
首を突っ込むような段階はとうに過ぎていた。
「やるせないですねぇ」
大事な人を亡くし、その理由も今一つはっきりしない。
そんな状況を想像して、ハルカはぽつりとつぶやいた。
そうして人を殺したことを考えれば、間違いなくカティは身勝手であったはずなのに、起こったことを自分の身に置き換えてみると強く責める気にはなれないのだ。
あまり考えたくないことだが、知らぬ間に仲間の身に何かがあれば、ハルカは酷く取り乱してしまう確信があった。
「そうなんだよねー。それぞれさー、大事なものとかがあって頑張った結果がこれじゃねー?」
落ち込んで少し暗くなっているところに、ごんごんごんと、ドアが強くノックされた。近くに座っていたハルカが立ち上がり「はいはい」と言いながら扉を開ける。
するとすぐ前に焼けた褐色の肌が特徴的なドワーフ、ボルスが、むすっとした顔をして立っていた。別に機嫌が悪いわけではなく、これがデフォルトの表情であるだけである。
「あ、えーと、どうされました?」
「用があってきた」
「そう、ですよね。では中へ……」
「うむ。……帰ってきたんじゃな。随分と早い」
「あ、無事に話は取り付けて……」
「それは別の奴に話せ」
「あ、はい」
そもそもボルスがハルカに賛成をしたのは、鍛冶師たちの神であるラーヴァセルヴがハルカを認めていると聞いたからだ。国内の鍛冶師の問題と家族関係くらいは最低限考える気があるが、それ以外は鍛冶に時間を割いていたい男だから、ハルカの報告など、言葉の通り割とどうでも良かった。
ボルスはのしのしと歩いてソファの前までやってくると、袋の中から黒い棒のようなものを取り出した。よく見ればその片方は石を磨き削られて作られた持ち手になっており、もう片方は黒い革で作られたカバーのようだ。
立っているのは女性陣が座っている方のソファ。真ん中のエニシは興味深げに身を乗り出し、眠たそうにしていたカーミラも「あら……?」と言って、不思議そうにその棒を見つめる。
「それ、なんですか?」
手前にいるコリンが尋ねると、ボルスは革につけられたボタンをぱちりと外し、カバーを取り外した。
現れたのは黒く、暗闇に溶け込むような刃をもったナイフだった。
光を受けて輝くのではなく、そのまま吸い込んでしまうような、それ単体でも妙に凄みのある物だ。
「ノワールの一族よ。先日は妻が失礼した」
「……何のことかしら?」
「お前を警戒し、話を聞こうとしなかった」
ボルスとカーミラがまともに話したのは一度きり。
ついこの間、アキニがここの窓の板をはがそうとした時のことだ。
「もしかして、ボルスさんの奥さんって、アキニさんのこと……?」
信じられない気持ちでコリンが確認すると、ボルスは「いかにも」と言って頷いた。本人は別に特別なことを言っている風ではないが、誰も知らなかった事実の発覚に全員が驚いた。
「そんなことはどうでもいいんじゃ。儂はノワールの一族、カーミラと言ったな。お前と話をしに来た」
「何か知っているの?」
「知っている。そして伝えるべきことがある。昔の話じゃ、大昔の話じゃ。良いか」
「ええ、聞かせてもらえるかしら」
妙に厳めしい空気感に、ハルカはそーっと元座っていた場所まで戻って、ゆっくりと音を立てないように腰を下ろす。
そんなことをしている間に、ボルスはナイフを皮の中にしまってから、ゆっくりと噛みしめるようにして語りを始めた。
「……大昔。儂らの先祖は、出来のよい刃物ができると、一つをラーヴァセルヴ様に、一つを我が物にした。そして時折山を越えたところの森にすむ、宵闇の友人に自慢しに行ったそうじゃ」
「……うちのことかしら? そういえば当時、ドワーフの方が訪ねてくることがあったわね」
ボルスは眉をあげてカーミラを見つめる。
昔と言っても千年も前のことだ。カーミラがその当時の娘だとはさすがに思っていなかった。
しかしボルスは、何を確認するでもなく話を続ける。
「彼らはある時、魔物に追い立てられる人を守り、太陽の光の下で力を振るった。酷い時期だった。ドロドロに溶けた巨大な化け物が現れ、土を汚し、木々を腐した。宵闇の友人は、我らの先祖と助けた人々を守るため、そ奴を引き連れ焔海へとやってきた。さしものラーヴァセルヴ様も山のごときその化け物を倒すためには、少しばかり力を籠める必要があった。宵闇の友人は化け物をその場に縫い留める。ラーヴァセルヴ様の咆哮は、山のような化け物を一つと、焔海にうかぶ島を一つ。それから宵闇の友人を二人、この世からかき消した。焔海にはラーヴァセルヴ様が大岩を運んで作った小さな島がある。本当にただ岩があるだけだ。儂ら鍛冶師は一人前となって初めて打った一振りをその岩へ供える。勇気ある宵闇の住人が安らかに眠れるように」
ゆっくりとした嗄れ声の語りが終わる。
カーミラの「お父様、お母様……」という呟きが、しんとした部屋にやけに大きく響いた。





