投げ
拳がハルカに向けて降ってくる。
喧嘩慣れしたそれは、素早く、ハルカくらいの女性を打ちのめすには十分なほどの威力を持っていた。しかし、いつも仲間たちの攻撃を最後まで目で追っているハルカからしてみれば、十分対応できる範疇だ。
ハルカはいつもいつも仲間たちからの攻撃を、障壁や素手で受け止める。
だから攻撃をぎりぎりまで見た回数だけは、ダントツに多い。
失敗してもダメージがないのだから、安心して対応もできる。
ハルカはコリンに習った体術を試してみようと、繰り出された拳に向けて手を伸ばした。手首をつかみ、力を利用して投げるつもりである。
袖がびりびりと音を立てて破れ、勢いを失った拳がハルカのこめかみにゴツンと触れる。威力は失っていたが、成功とは言い難い状況であった。
それでも停止した手首が間近にあれば、体格差などを利用して投げることはできるはずだ。
ハルカはがしりと手首を捕まえると、そのまま自分の体を相手の体の下に潜り込ませるようにして投げを打った。
ハルカの動作はスムーズではないから、当然男も投げようとしているなと気づく。
そうして投げられまいと手足に力を込めたのが失敗だった。
ぐっと手首から腕、そして肩にかかった力は尋常ではなく、筋がめきめきと伸びていく嫌な感覚があった。素直に投げられてしまえば、持ち前の運動能力で着地できたかもしれない。
しかし男は意地になって抵抗してしまった。
こんな細い女に投げられることは、投げられるところを部下に見られることは、男にとって到底許容できることではなかったからだ。
だから、ハルカが本格的に体を下に潜り込ませ、さぁ投げようと力を込めた瞬間、肩がガクンと外れた。
何か違和感があったなと思いながらも、ハルカは力ずくで男を背負い投げする。
本人はうまくできたかもしれないと思っているが、コリンの投げが一つの動作で終わるのに対して、ハルカが今やった投げは三つくらいの動作に分かれていた。
コリンが横で見ていたら、腕をクロスして大きなばってんを作ることだろう。
しかもハルカはその力のまま、空中で手を離した。
いつも練習相手をしてくれるアルベルトやモンタナであれば、そのまま空中でくるりと回って着地してくれるのだが、覚悟ができていない男にそんな器用な真似ができるわけがない。顔面から丘の斜面に突っ込んでいき、ずるりと体を弛緩させた。
ハルカはそこで顔を上げて、ようやく自分の投げが上手くいっていないことに気が付いた。コリンであれば自分の足元に投げて、すぐに次の手を打つのに、あんなに遠くに投げてしまっては立ち直る機会を与えることになる。
男は何とかすぐに立ち上がったが、首は痛いし顔面も口の中も血だらけで、目もちかちかする。右腕はだらんと垂れて肩には激痛。
ぷっと口の中にたまったものを吐き出すと、歯が数本まとめて地面に落ちた。
信じられない屈辱だった。
絶対に許すわけにはいかないと顔をあげると、すでにハルカが至近距離まで近寄ってきている。
一方ハルカはというと、男が思ったよりも傷だらけであることに気づいて停止した。立ち上がるまで待ってあげた上に、この後どうしたものかと悩んでいる最中である。
「あの、降参しますか?」
「ゴラァア!」
プライドの高い男が、動く左腕で何とか繰り出した一撃。
なるほど、限界まで戦うタイプの人だと理解したハルカは、その戦意に敬意を表し、もう一度投げを試してみることにした。
先ほどよりはゆっくりとした拳。
手首をつかみ、拳を振るう勢いに任せて体の下へもぐりこむ。
投げを打てば今度は先ほどよりは力を籠めずとも、相手の体が浮いた感覚があった。
今度こそと、途中で手を離したところ、また男がロケットのように飛んでいき、二転三転して藪の中に突っ込んでいった。
足元にたたきつけるためには、少しばかり手を放すのが早いのだ。
というか、そもそも手を放す必要がない。
そうすれば受け身を取ることが難しく、相手に痛打を与えることができるのだから。
ハルカが手を放すのは、仲間たちが大けがをしないようにするためであって、本番でそれをやる必要はなかった。そもそも本番で使えるほどに習熟していないので、そこはまだちゃんとコリンが教えていないせいでこんなことになっているのだけれど。
ハルカは小走りで男の下へ向かう。
藪から足だけ突き出ていたので、それを引き抜くと、顔にはいくつか枝が刺さり酷いことになっていた。どうやら身体強化を上手に使える相手ではないらしいとハルカが気づいたのはその時だ。
自信に満ち溢れていたので、うまく防御すると思っていたのだが、相手を高く評価しすぎたようだった。出会う相手に強者が多すぎた弊害である。
あまりの酷さに顔を背けそうになりつつ、ハルカは一応声をかける。
「降参しますか?」
返事はない。
意識を失っているのだから当然のことで、もしやと呼吸を確認したハルカは、とりあえず生きていることだけを確認してほっと胸をなでおろした。
向こうから仕掛けてきた喧嘩だし、死んでいなければ大丈夫。
そうして治癒魔法を施すハルカの姿は、かつてこの世界に来たばかりのハルカが想像したやばい特級冒険者そのものであった。
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