海賊っぽい奴ら
男はこの海域に暮らす海賊頭領の一人である。
海賊島を拠点とする海賊たちは、かつて大陸の西にある海を自由に荒らしまわっていたが、数十年前に連合軍にお灸をすえられてから随分と数を減らしてしまった。
とはいえ、元々野蛮な者たちだ。
交易の航路から外れた船には襲い掛かり、好き勝手悪さを継続している。
この島は特別に広く、島の一部を歓楽街としているため、海賊たちは時折やってきて面白おかしく暮らしているのだ。
つい先日、男が支配する島の一つに妙な生き物が着陸した。
生まれてこの方見たことのないその生き物は、巨大で、そして空を飛んで消えていった。
何やら人影らしきものが背中に乗っており、男はそれが人に慣れる生き物だということを理解する。
ならば話は簡単だ。
次に会った時は上に乗っている奴らを力ずくで言うことを聞かせ、空飛ぶ生き物を自分のものにすればいい。
一度来たのだからきっと二度目もあるだろう。
そんな楽天的な考えをもって、男は次の機会が巡ってくるのを楽しみに待っていた。
数日後、男は歓楽街で女の腰を抱きながら歩いていた。
すると突然、女が空を指さして息を呑む。
ははーん、さては自分の隙を見て逃げ出す気かと、男は考える。
ならば機会をやってから捕まえてひどい目にあわせてやろうと、演技のつもりで空を仰ぎ、口をぽかんと開けた。
空にはなんと、捕まえてやろうと心に決めた生き物の影があるではないか。
それはゆっくりと高度を下げて、なんとこの島の南の方へ降りていく。
男は開いた口をにんまりと歪ませた。
そうして女をその場に放置すると、部下のけつを蹴飛ばしまくって起こし、誰よりも早くハルカたちの下へやってきたのだ。
そこには確かに人がいたが、見えない壁のせいで中へ入ることができない。
急襲をするために音を立てずに壊せないか試みたが、どうにも無理そうだ。
本気で殴ってみたが、拳が痛くなるだけだった。
急につまらなくなった男は、近くにいた部下の横面を殴ってから舌打ちをして、何かあったら起こすように伝えてひと眠りすることにした。
思い通りにならないことはまったくもって腹立たしかったが、その分あの空飛ぶ生き物を手に入れた時の気持ちよさは倍増することだろう。
男はそれを楽しみに、草の中に寝転がって目を閉じたのであった。
そして今。
目の前には絶世の美女が立っている。
その瞳は赤く、伸ばされた髪はどんな高級な糸よりもキラキラと輝いている。
薄い唇が開き漏れ出した声は、女性にしては落ち着いていて、酷く丁寧なものだった。
身分のある奴なのだろうとあたりをつけた男は、ハルカを一目見て気に入った。
そしてこれもついでに手に入れようと決意する。
何やら弱気でいるようだから、そこに付け込んで自分のものにしてしまえばいい。
男はにまりと肉食獣のように笑い口を開いた。
◆
「人の島に勝手に入っておいてこりゃあなんだコラ?」
男は障壁に片手をつき、空いた手の甲でがつがつと障壁を叩く。
覆いかぶさるような姿勢で威嚇をしてくるので、ハルカは仕方なく一歩下がり目を合わせる。
別に怖かったわけではなく、少々距離が近かったのと、よくわからないまでも嫌な感じがしただけだ。上から下までなめるように動いた視線は、大体ろくでもないチンピラがやる仕草である。
これでもハルカは仲間たちと旅をする途中に、いくつも賊を倒し、街に引きずっていって賞金を貰っているのだ。
これは海賊の島にでも来てしまったのかもしれないなぁ、と珍しくそのものずばりの判断をしたのだった。
「野宿は危険なので、魔法で壁を張っていました。勝手に入ったことは謝罪いたします。今すぐ出ていきますので……」
「ごめんで済む話じゃねぇぞコラ。悪いことをしたのに壁越しの会話はねぇんじゃねぇのか?」
「……急ぎの用事がありますのでこれで」
相手にしても仕方がない。
さっさと【ロギュルカニス】へ戻らなければならないのだ。こんなところであまり時間を使いたくない。
背を向けたハルカに男は語り掛ける。
「そんなでかい生き物は、同業者に聞きゃあどこに行ったかすぐにわかるんぜ? 逃げられると思わねぇことだなコラ」
「…………要求は何です?」
別に従う必要はないけれど、確かに海賊的なものであればハルカの行き先を特定することくらいはできるだろう。
この辺りの勢力図を知らないハルカは、【ロギュルカニス】と海賊の関係も当然知らない。もし自分のせいで沿岸にあるコリアたちの故郷、〈マグナム=オプス〉などに迷惑をかけるようになってもなと考えてしまったのだ。
「話の前にこの壁をどっかにやれって言ってんだコラ」
壁さえ消えてしまえばどうにでもなる。
それが生まれてこの方暴君として生きてきた男の判断だ。
壁が壊せない時点で、自分にもどうにもできないことがあると学ぶべきであったが、男の傲慢さはそれを許さなかった。
ハルカは少しだけ考えてから、エニシの周りに障壁を張り直した。
「壁、消しますよ」
体重をかけている男に忠告をして壁を消す。
男はそっと手を伸ばし壁が消えたことを確認する。
そして目の前の女が大馬鹿であることを確信した。
すぐにでも手を伸ばして捕まえてもいいが、少し遊んでやろうと悪知恵を思いつく。
男がハルカを大馬鹿だと思ったのと同時に、ハルカもこの男が良いものではない確信を持っていた。だったら、後腐れない状態にしてから【ロギュルカニス】へ戻る必要がある。
「私たちを追いかけない条件は何です?」
「……金貨百枚」
「なるほど」
「おっと逃げるなよ? 俺が指示を出せば、部下たちがそのでかいトカゲに一斉に攻撃するぜ?」
ナギの鱗は固い。
どれくらい硬いかと言うと、かなり上位種の魔物の爪でも牙でも傷一つつかないどころか、攻撃をされたかどうかわからないくらいには硬い。
ハルカですら一目でわかる、ろくに整備されていない武器でいくら攻撃されたところで、ナギは音がいっぱい鳴って驚くくらいだろう。何の痛痒も与えられない。
「と言いたいところだが、そうだなぁ……。何か俺と一勝負して、勝てば黙って帰してやってもいいぜコラ」
表情からこの男が交渉をする気がないことはわかった。
きっと勝ったところで約束は反故にされることだろう。
だからハルカは、手っ取り早い方法をとることにした。
目の前の男からは、現状何の脅威も感じない。
ハルカも最近は相手を見て、これは強そうだぞという気配くらいは感じられるようになった。
「一対一で勝負をしましょう」
「何の勝負だコラ」
「殺しはなし。参ったと言った方の負け。武器もなしにしましょうか」
男はハルカの真顔を見てぷっと噴き出し、指をさしてゲラゲラと笑った。
部下たちもよくわからないながらも、それに合わせて笑ってみせた。
頭領の機嫌を損ねると後でぶん殴られるので、彼らも機嫌を取るのに一生懸命だ。
「お、俺と、お前が! 殴り合いの勝負!?」
男はひとしきり笑った後、ぴたりと真顔に変わる。
「舐めてんのかコラ?」
傍若無人な男は、人の希望を潰すことは好きだったけれど、自分が馬鹿にされることは死ぬほど嫌いであった。





