長年の軋轢
「……あー、それでたまに資料に欠けがあるのか。長年の謎が解けたよ」
研究室の資料だけでなく、亡くなった小人族の老人の家の資料にも、間が抜けている期間がある。その部分こそアキニの言った隠ぺい部分だ。
「当時の研究室は私たちの管轄下にあってね。ピモンは天才的な研究者であり、兵器の実戦投入の際には前線まで出てくるほど熱心な兵士でもあった。開発者の一人に、あれの扱いは自分が一番心得てると言われて誰が志願を断れるんだ。研究結果を破棄したのも危険すぎると判断したピモンの意向だ」
カティにしてみれば、比較的安全な研究室に勤めていたはずなのに、突然息子が戦死したと言われたのだ。なぜ前線に出ているかも知らされず、遺骨すらも戻ってこない。その上生きた証である研究結果もどこにも発表されていない。
「発表することができるようになった時、カティさんに全容を伝えたんですか?」
「いや?」
話の本筋とはずれていくが、黙っていられなかった。
せめてアフターケアをしていれば違ったのではないかと、ヒューダイは表情を曇らせながらその理由を尋ねる。
「なぜです?」
「共同開発者のブッカムが死んだのがつい先日だからだね」
「なるほど……っ」
ヒューダイはため息をつきながら首を横に振る。
話を一応真面目に聞いているアルベルトが疑問に思ったことを口にする。
「誰だそいつ」
「……私の先生……。この間カティさんに殺された小人の十頭だ」
「あー、なるほどねー……」
ここにきて頭の中で話がつながってきたコリンは、ヒューダイと同じく軽くため息をついた。
「兵器研究室は元々ブッカム兵器研究室だった。しかしブッカムの強い意向で、軍部から切り離し、ピモンの名を冠した。兵器研究室という名を残しつつも、【ロギュルカニス】の役に立つものを研究するための場所となっているね」
「あの爺、そんなこと一言も話さなかったのに……」
「話せないからね」
ナッシュにさらりと返事をして、アキニは続ける。
「元々はブッカムの知識と、ピモンの柔軟な発想力と行動力で生まれた兵器だった。ブッカムは年上の自分が現場に行って死ぬべきだったと後悔していたよ。そうしてブッカムは引退し、外部の顧問となって平和的な産業に役立つものを作るようになった。足しげく現場にも通うようになっていたね」
「……それであの爺、僕に開発者の責任がなんとかってうるさく言ってたのか」
兵器研究室にいるナッシュが度々戦場を訪れるのは、もとはと言えばブッカムに口を酸っぱくしてそうするように言われてきたからだ。開発者は実際にものが使われるところまで確認しなくてはならない。それが責任であると。
ブッカム自身、ナッシュに見せつけるようにそれを実践する人物であった。
あの外を歩く時でも資料を読んでいるブッカムですら現場を見に行くのだから、よほど大事なことなのだろうとナッシュは素直に受け入れていたのである。
今になって知る言葉の背景だ。
「親子そろってまったく……」
アードベッグは椅子に腰かけて項垂れて額を押さえた。
「カティの夫も似たような奴じゃった」
指を組んで背もたれに寄りかかり、アードベッグは言葉を吐き出した。
「【ロギュルカニス】から北へ行った海に、海賊島と呼ばれる島があるのを知っておるだろう」
「ああ、近づくんじゃないと言われておるな。船乗りならみんな知っておる」
アバデアの方に話を振れば、うんと大きな頷きが返ってくる。
「交易を始めた頃、うちと【神聖国レジオン】と【王国】の伯爵領は、そ奴らを従わせるためにドンパチやったんじゃ。色々あって、当時儂の部下にいたカティの夫は人質に取られてな。だが人質を取られての交渉には応じるわけにはいかん。それが儂ら海の男の決まりじゃ。奴は助けなくていいと叫んだ。儂は奴の心意気に応えた」
「……まぁ、俺でもそうするかもな」
ぽつりとコリアが呟いた。
そうしなければ屈服させられない。
屈服させられなければもっとひどい被害が出る。
「じゃがな、勝利して帰ってこようとも、失われた命があったことには違いない。命を山ほど失った船長はな、生きて帰ると家族からなじられるもんじゃ。儂はそれも仕事の一つじゃと思っておる。カティにも随分となじられた。じゃがカティは子育てをするうちに落ち着いていった……。息子が大きくなった頃、カティは〈マグナム=オプス〉から〈フェルム=グラチア〉に引っ越しちまった。じゃからその後のことはよう知らん」
「皆、言葉が足りないのね」
カーミラがさらりと言った。
「あなたも、あなたも、役目と責任を果たしただけ。立派かもしれないけど、きっと相手からは冷たくあしらわれたように見えているわ」
カーミラは少しばかりカティに同情していた。
結果的にやったことは許されないのだろうけれど、そこにいたるまでの苦悩を思うと心が締め付けられる。
「お姉様だったらきっと……、一緒に悲しんで、気が済むまで隣にいてくれるのでしょうね。あなたたちも多分、伝えるべきだったのよ。慕ってくれた子を、友人を見捨てなければいけなかった悲しみと辛さを。その時は何を馬鹿なことをと言われても、きっと伝えるべきだったのだと思うわ」
カーミラはそっと立ち上がると「悲しい話ね」と言って、ゆっくりと宿の奥へと引っ込んでいった。
兵士が全員の連行準備を終えたことを告げるために宿へ入ってくる。
一度途切れてしまった話は再開することなく、十頭たちは、一人、また一人と、静かに宿から立ち去っていった。





