巻き込まれてんだよ
地下室の壁際にはいくつも樽が並べられていた。
時折冷たい空気がスーッと流れて階段から外へ抜けていく。
モンタナは素早く辺りを見渡すが人の気配は感じられない。
「部屋にはいないです」
「……どうやら、そのようだね」
慎重に樽の隙間を確認していたアキニもモンタナの言葉に同意する。
アードベッグが床に散らばった炭を、足で転がしながら一か所に集めていたが、ふと立ち止まり顔をあげる。いつもとは違う地下室の雰囲気に、首をひねったが何が違うのかがわからない。
モンタナの言葉を信じたアルベルトは、剣を片手に持ったまま樽の方へ近づいていく。そうして樽の隙間に入り込んで振り返った。
「なー、この部屋ってどっか外と繋がってんのか?」
「いや、孤立しているはずだ」
「こっから隙間風が吹いてるぜ。どうりで寒いと思ったんだよ」
「なに!?」
剣をかざしたままアルベルトが指差している壁までやってきたアキニは、雑に積み重ねられた壁の石材と隙間に詰められた土を見て盛大に眉を顰めた。そうして乱暴に石の一つを引き抜くと、ガラガラと壁が崩れて小さな穴が一つ現れる。
アルベルトではしゃがんでも通り抜けるのは難しそうだ。
大人の男性ドワーフにも少しばかり厳しいだろう。
通れるとしたら子供か、小人か、ドワーフの女性。
アキニはしゃがみこんで穴の奥をじっと見つめる。
「入るのか?」
「いや、出口で待ち構えられてたら戦えずに殺される」
「じゃ、どうすんだ?」
「……穴は曲がっていないように見える。ここからの直線上にある家を探る。君たちは早く宿へ戻った方がいい。カティが何をするかわからない」
「どうする?」
アルベルトは緊急事態に直面したというのに、意外と冷静にモンタナへ相談を投げかける。
モンタナも少しばかり考えてから、アキニに尋ねる。
「カティさんの仲間にアキニさんやズブロクさんくらい強い人はいたです?」
「いない。ただし数はそれなりだった」
「ならこっちについてくです」
「……忠告はしたよ」
立ち上がったアキニは「次の手を打つ」と言って地下室から外へ戻っていく。
待機していた兵士の一部を地下室の見張りに回し、休んでいたズブロクに声をかけて呼び出し、ドワーフの兵士たちを動員。
穴の直線上にある家の捜索をすぐさま開始した。
床をほじくり返されるわけだから、住人には不運なことである。
ただ、兵士を引き連れたアキニの「後で補償」という一言で、ほとんどの住人はあっさりと家を明け渡した。
あまり街中で兵士が活動するようなこともないのだろう。
住人は随分と怯えているようであった。
そしてドワーフの兵士を置いて次々と家を確認すること五軒目。
資材倉庫のような建物の前でタバコを吸っているドワーフを見つけ、アキニは同じように床をほじくり返し、後で補償をすることを宣言する。当然反乱を起こした首謀者を捕まえるためという名目も伝えてだ。
今までと同じようにすぐさま乗り込もうとしたドワーフの兵士たちの前に、くわえたばこのドワーフは慌てて転がり込んで行く手を塞ぐ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ここには商売のためのものが山ほど置いてあるんだ。勝手に入ってもらっちゃ困る」
騒ぎを聞きつけた建物の中にいたドワーフも三人ほど出てきて、同じく「勘弁してくださいよ」と話し出した。
「それどころではない、今は……」
「上です!」
モンタナが声を発した瞬間、屋根の上から矢が放たれる。
アキニは声を聞くか聞かないかのうちに剣を引き抜いて振り切った。同時に「捕らえろ!」と声をあげると、兵士たちが一斉に行く手を邪魔していたドワーフたちに襲い掛かる。
足元には切り落とされた矢が落ちて、アキニが剣を振るうと同時にとんだ炎が、襲撃者を包み込む。
火を消そうと屋根の上でしばらくばたついていた襲撃者は、やがて足を踏み外して地面まで落ちてきた。その衝撃で何とか火は消えたようだったが、兵士たちは襲撃者の小人を容赦なく捕まえて縛り上げる。
「……やはり武器を持ち出していたのか」
転がったクロスボウを見て、アキニは一言呟き、襲撃者へ一瞬だけ冷たい視線を向ける。
「俺が軍用に作った武器だ。……あいつは逃げ出した兵士崩れだね」
「本当に、色々な人がこの件に関わっているんですね……」
ナッシュがため息を吐くと、ヒューダイも悲しそうに捕らえられた小人を見つめた。
そうこうしているうちに、少し離れた場所から悲鳴が聞こえてくる。
はっとして振り返ったアキニは、通りから手に武器を携えた数十人の集団がやってくることを確認する。
人、小人、ドワーフ。
すべてが混ざった彼らの目は荒んでおり、自暴自棄になっているようにも見えた。
「大馬鹿者どもめ」
ズブロクが戦斧を肩に担ぎ、ぎゅっと口を結んだアキニが剣を抜く。
「……なぜ国民同士で争いなんて」
ヒューダイの嘆きが聞こえてきたころ、集団はわっと声を上げて一斉に襲い掛かってきた。
戦う力があるようにも見えない。
強いわけでもないのだろう。
それでもどうなってもいいという捨て身の突貫は、それなりに危険なものがある。
「守ってやるから後ろにいろよ!」
アルベルトはそう言って前線へ歩いていく。
レジーナが待ってましたとばかりに軽く金棒を振るい、モンタナが静かに姿勢を低くした。
「家の中や背後から敵が来ないよう見張れ!」
アキニが振り返って兵士たちへ素早く指示を出す。
「そうじゃな。前はわしらだけで相手する」
「俺たちもやる」
「お主らには関係ない。儂らだけでやる!」
アルベルトは関係ないという言葉を聞いて、ズブロクを睨みつけた。
「とっくに巻き込まれてんだよ! やるって言ったらやる!」
「……ふっはは、怪我するんじゃないぞぉ」
問答にすら付き合わず、勝手に前へ出ていたのはレジーナである。
退屈していた。暴れるタイミングを探っていた。
アルベルトと比べれば随分と小さな体躯のレジーナだ。
ここぞとばかりに集団が襲い掛かってくる。
この国にはアキニやズブロクのように、小さい強者はいくらでもいるはずなのに、彼らはどうして小さいからと言ってレジーナが弱いと考えたのだろうか。
これまでのうっ憤を晴らすように振られた金棒は、襲い掛かる者たちを易々と数人まとめて殴り飛ばした。





