役割分担
「……よし、明日現場見に行くか」
「誰かは留守番しないといけないです」
アルベルトとモンタナが相談を始めると、コリンは笑ってカーミラの方を見た。
「私も留守番するから、一緒にここ守ってくれる? 多分組織的な動きはもうできないから……、何もないと思うんだけど」
「いいわよ。でも昼くらいまでに帰ってきてほしいわ」
太陽が出ている間はあまり能力を使いたくないけれど、家の中の日が当たらない場所にいる分にはある程度力を発揮できる。素晴らしいことにこの宿は窓が多く、日がよく差し込んでいるおかげで少々動きにくいけれど、それでも特級クラスでもやってこない限りは問題ない。
「よし、じゃ、今から寝て明日早くに出発だな。モンタナ、ちゃんと起きろよ!」
決まるや否やアルベルトは跳ねるようにして立ち上がり、自室へと引っ込んでいってしまった。続いてモンタナものっそりと立ち上がると「よろしくです」と言って帰っていく。
残されたコリンはというと、ごろりと寝転がり、再びカーミラの膝の上に頭をのせた。
「コリンはいいの?」
「ん、二人が行くならいいや。誰かは留守番しないとでしょ?」
「さっきの話だとずいぶん気になってたようだけど……?」
コリンはごろりと横向きになってカーミラのお腹に向けて話す。
「私が現場にいなくてもいいの。私たちのそれぞれができることを全部やって……、その結果が見れればそれでいいって感じ? ちょっと難しいかも。伝わってる?」
要するにコリンは個人の単位としてものを考えていないということだ。
依頼をこなすときと同じで、問題に直面した時は、みんなで話し合って、最善を求めて動いてみる。そのためには役割分担は必要だし、自分が全てを解決しなくても、パーティや宿としての単位で結果が見られればそれでいいのだ。
長らく一人で過ごしてきたカーミラには、少しだけ難しい考えだった。
それでもコリンの言葉を真面目に考え、受け入れ、カーミラは柔らかく微笑む。
「そうね、なんか素敵な考え方な気がするわ」
「ふふー、そうでしょ?」
特に自分がその中の一人であるというところが、知らぬうちに表情が柔らかくなってしまうほど、カーミラにとっては嬉しいことだった。
◆
「良し行くぞ!」
気合いを入れて宿から出たアルベルトの後ろには、半分目が閉じているモンタナと、当然のように準備万端のレジーナがいた。今日は出かけると聞いて、トラブルの臭いを嗅ぎつけたらしい。
「いってらっしゃーい……」
ソファーでだらけながら見送るのはコリンだ。
昨晩のうちに宿に怪しいものがやってくればわかるとカーミラから聞いている。
多少だらけていても対処できるよう、アバデアたちは皆同じ空間に集めてあった。
「……なぁ、僕も行っていいか?」
「先輩が行くなら私も」
あまりよく眠れていなさそうな十頭の二人が、控えめにアルベルトへ声をかける。
「好きにしろよ。お前らも気になるんだろ」
「まぁね。ついこの間まで一緒に会議室でしゃべってた仲だしさ」
ショルダーバッグをひっかけて外へ出てきたナッシュは、モンタナに位置を示されて列の真ん中に収まる。
先頭がアルベルトとレジーナ。
真ん中に十頭の二人。
最後尾がモンタナという並び順だ。
一応ちゃんと護衛をしようという気持ちはある。
アルベルトが右左と道を見て、なんとなく左に向かったのを見て、モンタナだけはその場で足を止めたまま動かない。
「……ナッシュさん、アードベッグさんの屋敷どっちです」
「反対だけど」
「アル、反対です」
「おう」
失敗したという表情すら見せずに元気に返事をしたアルベルトは、そのまま回れ右して示された方へ向かう。
「知らねぇなら先に聞け」
「なんか久しぶりに道間違えた気がすんな」
レジーナに軽く小突かれて、アルベルトは頭をかいた。
最近間違いがなかったのは、出発前にハルカがあらかじめ進む方向を示していただけである。
人の少ない大通りを歩きはじめると、すぐにナッシュが口を開く。
小人というのは比較的お喋りな傾向にあるようだ。
「なんで急に外に出ることにしたんだよ」
「気になったから」
「何がだ」
「いや、俺たちの知らないところで全部話が終わっただろ? だから実際現場はどんな感じか気になったんだよ。お前は?」
説明をしろって言われてもあまり理解していないアルベルトには難しい話だ。
モンタナはあまりしゃべる気がないし、レジーナはもっと喋る気がない。
コリンがいないと、複雑な話をするには少しばかり心もとない。
「あのなー、お前、僕のことお前お前っていうけど、一応言っておくけど僕の方が年上だからな」
「お前もお前って言ってるじゃん」
「おいヒューダイ、何とか言ってやれ!」
お、こいつは話が通じないぞ、と思ったのか、ナッシュは面倒ごとをすぐさま後輩であるヒューダイへ放り投げた。
「冒険者ってこういうものらしいですよ。この間コリンさんと話してたらそんなこと言ってました。無礼でごめんねーだそうです」
「そんなことで納得すんなよ。……僕は、まぁ、お前と同じ感じだな。話だけじゃいまひとつしっくりこなくてさ。何かあったなら現場見てみないと納得いかないんだよ」
深刻な顔をしてため息をついたナッシュに、アルベルトはあっけらかんと返事をした。
「じゃあ一緒だな」
「あのなぁこの僕がそんな単純な……。……まぁ、同じか」
「なんだお前、変な奴だな」
「おい、ヒューダイ」
「いや、先輩は昔からかなり変な人ですよ」
「おい、この!」
「蹴らないでください、転んだら危ないですよ」
つま先でヒューダイの靴をがしがしとけるナッシュだったが、硬い革靴を履いているヒューダイは痛がりもせずナッシュがバランスを崩すことの心配をしている。
「……ナッシュさんが先輩です?」
「あ、年は私の方が五個上です。私が四十三、ナッシュ先輩が三十八ですね」
「なるほどです」
「おい、なんだ、なるほどってどういうことだこの」
「先輩、前を向いて歩きましょう」
振り返ったナッシュとモンタナの間にヒューダイが体を割り込ませて邪魔をする。
命を狙われているという緊張から解放されたからなのか、どうやらこの二人も普段の調子を取り戻し始めたようであった。





