調子が狂う
アキニを見送ってまんじりともせず一晩過ごしたアルベルト達であったが、結局夜の間には何も起こらなかった。宿には襲撃者もなければ、進捗報告に兵士がやってくるわけでもない。
日が高く昇って、焦げ臭さを漂わせてやってきたアキニは、端的に状況の説明を始めた。
どうやらやはり、カティが裏で糸を引いており、向かったアードベッグ邸はまさに襲撃中であったそうだ。アードベッグが立て籠っていたためか、館には火が放たれて随分と燃え広がっていたとか。
しかしアキニがズブロクに声をかけて駆け付けたことで形勢は逆転。
カティは負けを悟って燃え盛る炎の中に飛び込んでいったとか。
しかし二階へ逃れていたアードベッグたちは、そのまま窓から飛び降りて無事。
おそらくアードベッグを殺すためだけに炎に飛び込んだカティは、それきり姿を見せることはなかったそうだ。
消火活動を終えたところで現場の見聞をするそうだが、一段落ついたということで、アキニがこうして報告に来たというわけである。
結局、コリンが最初に言っていた通り、問題はほとんど【ロギュルカニス】という国の組織内で片が付いてしまったようだった。
ナッシュとヒューダイがアキニに更なる詳細を尋ねたが「まだわからないことばかりだ」と適当にあしらわれ、今一つ納得のいかない顔で戻ってくる。アキニは質問はないかとアルベルト達を見回したのち、兵士に指示を出して縛られた宿の主人を引っ立てる。
「この宿は自由に使って構わないよ」
それだけ言い残すとアキニは疲れた様子も見せずに、さっさと現場へ戻ってしまった。
「これで終わりか……?」
「……うーん、まぁ、そうみたいだねー」
あっけない幕切れにアルベルトが声をあげると、コリンは眉を顰めながらそれを肯定する。
アルベルト達は何も間違ったことはしていない。
だというのに、どうにもすっきりとしなかった。
それはナッシュとヒューダイも同じであるようで、もう外に危険もなくなったはずなのに、なぜだか主不在の宿の椅子に座って考え込んでいる。
日数が増えるほど収入が増えるので、コリンとしては大歓迎のはずなのだけれど、なぜか頭の中でそろばんをはじく気にはならなかった。
「寝る」
一言だけ残してレジーナが部屋へと引っ込んでいくのを誰も止めなかった。
やることもなくなって、あとは帰りはどうするかとか、いつも話している戦いの連携についてとか、そんな話をしながら時間を潰す。ドワーフたちは船の設計図なんかを描きながら、ああでもないこうでもないと、必要な資材などの計算をしていた。
平和な、普通の時間だ。
何も間違えていない、何も失敗していない。
当然の結末を受け入れる。
昼寝をして、食事時には勝手に厨房を使って調理し、夜が来てさっさと寝室に引っ込んでいく。
アルベルトは夜中にふと目を覚まして、ふらりと宿のエントランスにやってきた。
昼寝をしたせいで少し体内時計が狂っているようだった。
エントランスに出てくると、カーミラがソファで寛いでいる。
「あれ、アルも来たの」
声はコリンだがその姿は見えない。
横まで回ってくると、コリンがカーミラに膝枕をしてもらっていたことが分かった。
「寝れない?」
「水飲みに来た」
「ふーん」
アルベルトは厨房に入り水を飲み、がりがりと頭をかいてから戻ってコリンたちが座る対面のソファに腰を下ろす。
「寝れないんでしょ」
「……訓練が足りねぇのかもしんねぇ。コリンこそ何してんだよ」
「んー、なんかねー?」
二人が曖昧な言葉しか交わさないのは、互いに今一つ晴れない心の内を表現できないからだ。
しばらく何をするでもなく待機していると、静かな足音がしていつもの半分くらいしか目を開けていないモンタナが姿を現した。そうしてすでにその場で待機している三人を見ると、何も言わずにアルベルトの隣に腰かける。
「どうしたんだよ」
「目が覚めたです」
「モン君が途中で起きるの珍しー」
「…………そですね」
「なんか変な感じ?」
「です」
三人そろって今一つ納得いかないことがあったようだ。
しかしここにはその原因を紐解いてくれそうなイーストンや、まぜっかえしながらも答えに導いてくれそうなノクトもいない。
いるのは夜なのに人がいっぱいいてご機嫌なカーミラくらいである。
もしかしたらそのうちレジーナもやってくるんじゃないかと思って待っていた三人だが、しばらく黙っていてもそんな気配はなかった。
「よっくわっかんねぇや」
「です」
アルベルトが両手を上にあげて体を伸ばすと、足をパタつかせていたモンタナも頷く。
「そうなんだよねー……」
「今日は皆変ね」
コリンが体を起こしながら呟けば、カーミラが薄暗闇の中で笑った。
いつもまっすぐ止まらずに走り抜けていくというのに、今日は小さな子供に戻ったかのようで微笑ましかったのだ。
「別に当たり前のことだしさ、こうなるだろうなーって思ってたのに、なんでこんなもやもやするんだろ」
「……もっとやることあったような気がするです」
「だよな。なんか気に入らねぇんだよ」
「……三人とも、どうなってたら良かったのかしら?」
カーミラに尋ねられて、三人は黙り込む。
今に不満があるからもやもやしているのだから、本当はこうするべきだったというのがあってもおかしくないはずなのだ。
なのだが、具体的にそのイメージが浮かんでこない。
頭を悩ませる三人に、カーミラはまた笑って尋ねる。
「お姉様がいたら、どうしてたのかしらね」
「んー、ドワーフの人は治してたかも」
「あー、そうだな、そうしたかもな」
痛そうなので、とか、罰はこれから受けるのだからとか言うのだろう。
容易にそれが想像できて、コリンは笑った。
自分たちを害そうとしてきた相手に甘すぎるのだ。
「……犯人捜し、我慢できなくてナッシュさんたち連れて出かけてたと思うです」
「モン君連れていって私たちは留守番かなー」
そわそわして落ち着かず、聞き込みをしたりしたのかもしれない。
何もわかりませんでした、なんて肩を落として帰ってくるかもしれないが、これほど退屈はしなかっただろう。
「死んだカティって奴に、なんでそんなことしたんだって聞いたんじゃねぇかな」
あるいは、アードベッグに、そして追い詰めるアキニに、色々と話を聞いたに違いない。
誰かが分かり合ったかもしれない。
あるいは、誰かと仲違いしたかもしれない。
でも、計算とか利益とかを度外視して、一生懸命街を駆け回ったのだろう。
もしハルカとエニシが宿の前で、連日と同じように大道芸をしていたら。
もっと面倒なことに巻き込まれていたかもしれない。
あるいは、宿の主人が間違いを犯す前に、それを知れたかもしれない。
ハルカの選択は必ずしも正しいわけではない。
トラブルを引き寄せるし、理解し合えない相手だっている。
それでもハルカは一生懸命相手の立場に立って理解をしようとするし、勝手に想像して悲しんだり怒ったりするのだ。
「……カティって奴の話、聞いてやりゃよかったな」
「私たちなんかには何も話さなかったかもしれないけどね」
「それにアバデアさんたちが危なくなったかもしれないです」
「じゃあお前らはどうなんだよ」
「……まぁ、うん。話くらい聞きたかったかも」
「……会議の時、あの人、怒ってたですよ。怒ってて、でも悲しそうだったです。あの人が殺した犯人なら、あの時誰に何を怒ってたですかね……」
もうわからないことだ。
聞いたところで自己中心的な答えしか返ってこなかったかもしれない。
あるいは、アルベルトたちを騙そうとすらしたかもしれない。
しかし、賢い選択をしたアルベルトたちには、もうその未来を知るすべはない。
「ごめんなさいね」
カーミラが不意に謝罪をする。
「なにがだよ」
「私が見てるから、気になること全部調べてきたらって言ってあげればよかったわ」
「……確かに夜とかならカーミラに任せて出かけても良かったよなー」
「でもカーミラも戦いになったりしたらいやでしょ?」
「んー……、夜ならあまり戦いらしい戦いにもならないと思うけど……」
カーミラの強さの本質は搦め手にある。
ハルカに禁止されているけれど、いざとなれば魅了を使えば同士討ちさせることだって難しくないのだ。やりようはいくらでもある。
「でも……、私は皆が元気でお姉様を迎えられればそれでいいって思ってたから……。これからはやりたいことがあったら相談してほしいわ」
「いいです?」
「いいわよ。こんなに元気のない姿を見るくらいなら、少しくらい」
普段はハルカを引っ張っているようにも見える三人だが、いざいなくなると案外影響が出るものらしい。
ハルカが戻ってくる頃には元気になっているだろうから、きっとあの呑気な宿主は、そんなことには気づかないのだろうけれど。





