ごちゃごちゃの内輪もめ
一度口を割ってしまえば、そこから口を閉ざすことなどできない。
まして相手は訓練を受けた兵士でもない、ただの宿の主人である。
「事情を聞かせてもらおうかな」
アキニは手を後ろに組んで、縛り上げられたドワーフの前に立った。
その表情に怒りはないが、感情的でないからこその恐ろしさはあった。
「宿に、借金があって……。今日の昼頃に、犯人探しが佳境にいたるようなことがあれば、茶に渡された粉を入れるように言われていました。出すときは、十頭の方々から渡すようにと……」
「いつから宿の情報を流していたのかな」
「……初日からです。ズブロクの親父さんには申し訳ないと思ったけど俺もっ」
アキニはいつの間にやら抜いた剣で、言い訳をするために声を大きくしたドワーフの肩を突き刺す。一拍遅れて悲鳴が上がったけれど、アキニはすぐに剣を刺したまま顔を近づけると、空いた手でしーっと口の前に指を立てた。
「聞かれたこと以外を話さない。大きな声は出さない。借金取りの名前を教えて」
ドワーフは、脂汗を流し呼吸を荒くしたまま答えない。
アキニの手に力が入り、剣が僅かにひねられる。
悲鳴をあげようとするドワーフの目の前には「しーっ」と指を立てるアキニがいた。ドワーフは嗚咽交じりに、小さな声で借金取りの名前を挙げた。それに耳を傾けたアキニは、やはり何でもないかのように平然と剣を引き抜いた。
「ズブロクは関係ないみたいだね。さて……」
宿の玄関を開けたアキニは、外で待機している兵士たちに何事かを告げて「行って」と全体の三分の一ほどを送り出してまた扉を閉めた。
「借金取りってことはカティかな。事がばれそうだから口封じに来たか、やけになって殺すべきものを殺しに来たのか」
「それってどういう意味ですか?」
「カティは、アードベッグと私を殺したいということさ。さて、毒の効能を確認しておこう」
こぼれずに残っていたお茶を手に取ったアキニは、それを縛り付けられているドワーフの下へ持っていく。
ふーふーと息を吐くドワーフは「な、なにを……」と顔を青くした。
「何って、確認でしょ。もしこれが死に至るものだとすれば、君は国の賓客を殺そうとしたってことになる。そうではなく痺れ薬なり眠り薬だったとすれば……、直接死に至らないから、黒幕を捕らえてから君の処遇を決めようかなって」
「も、もしかしたら、死ぬかもしれないじゃないですか!?」
「うん、そうだけど? そんな薬だったら、どちらにせよ君は死刑だ」
「あ、あの、アキニ将軍……」
「なに、ヒューダイ君」
勇気を出して声を上げたヒューダイだったが、振り返ったアキニの感情の薄い目を向けられて思わず後ずさる。
ごくりと唾をのんだヒューダイは、何とか言葉の続きを口から漏らす。
「その、犯罪者を勝手に裁く権利は……」
「平時はね。今は内乱状態と判断した。その場合私には人を現地で裁く権利がある。反論は?」
「……あ、ありません」
「なら結構」
他国の事情だ。
コリンたちが口をはさむべきことではない。
「そんな雑魚殺して何が面白いんだよ」
ずっとつまらなさそうに光景を眺めていたレジーナは、アキニを見てぼそっと言葉を吐き捨てた。
別に縛られたドワーフが死のうがレジーナにとってはどうでも良かったけれど、なんとなく頭の中に浮かんだハルカの顔が渋いものになっていたので、思ったことを呟いただけだ。
「面白い面白くないでやっているわけじゃない」
「カティって奴が悪いんだろ、どこにいんだよ。ここにいても面白くねぇから、あたしはそいつぶっ殺してくる。案内しろ」
武器を片手に玄関へ歩き出したレジーナの行く手を、アキニが腕を上げて遮る。
「案内しろ」
「君たちはここで護衛をする必要がある。カティのところには私たちが行く」
「じゃあ遊んでないでさっさと行けよ」
「警備が今までより手薄になるけれどいいかな?」
「いいぜ、連絡来るまで起きて待ってるし」
アルベルトの快諾を受けたアキニは、周囲を見渡し、自分の行為があまり歓迎されていないことを確認すると、くるりと踵を返して宿から出ていく。
「遅くとも明日の朝までに全てを片付けてくるので」
「はーい、お願いしまーす」
仲間たちに合わせてコリンが送り出すと、宿の扉がパタンとしまり、アキニの姿が見えなくなった。
「……指揮官、って感じです」
モンタナがアキニのことをそう評すると、ナッシュが大きく頷いた。
「そうなんだよ。僕兵器開発の関係上前線に行くことがあるんだけど、いつもあんな感じで怖いんだよな。十頭の会議してるときはそうでもないんだけど。な、ヒューダイ、お前よく声かけられたな」
「……怖かった、初めてあんなに怖いアキニさんを見ました」
「あ、そっか、お前はああなったアキニ将軍見たことないのか」
気を抜いたナッシュがソファに体を沈めた。
アキニの横では肩の力が抜けなかったのか、首を左右に倒してため息をついている。
「戦時中じゃなかったら、毒殺未遂ってどんな罰になるの?」
コリンの純粋な疑問に、ヒューダイが眼鏡を指で押し上げながら答える。
「今回の場合は相手があなたたちですから……。財産没収の上、鉱山で死ぬまで無給仕事をすることになるのではないでしょうか? ああ、食事などは支給されます」
「死なないだけって感じかー」
「そう言われればそうなのですが……」
ソファの近くでは真面目な話をしている間、アルベルトは一応ドワーフの怪我部分に布を巻き付けて止血してやっている。乱暴だがやらないよりはましだ。
そうしてアバデアたちがまとまっている辺りでどっかりと腰を下ろしたアルベルトは、頭をがりがりと掻きながらぼやく。
「なんつーかさぁ……、よくわかんねぇことになってるよなぁ……」
「すまんな、儂らのせいで」
「俺たちもこうなってくるともう何がなんだかなぁ」
荒事もできるとはいえ、アバデアたちは船乗りであり船長である。
国の中枢のもめごとになんか巻き込まれても訳が分からない。
「いや、お前らが悪いとかじゃなくて、どうせやるなら殴り合いとか斬り合いにしてくれりゃいいんだけどって」
「ふはは、お主は乱暴じゃなぁ」
「ホント、頼もしいよ」
アルベルトの悩みが自分たちへの愚痴ではないことに気づいたアバデアたちは、少しだけ気を抜いて笑い合うのであった。





