暴露
翌一日たっても何も起こらず、明日はいよいよ動かなければならなくなった日の夕暮れのこと。
念のためズブロクが警護を交代する前に、ヒューダイがもってきた推理を披露して情報をねだってみる。念のためというのは、誰がどう見ても、ズブロクがそういった細かい過去の出来事をつぶさに覚えているタイプには見えないからだ。
ズブロクは体を傾けるほどに首を横に倒してしばし考え込んでくれたが、案の定「……知らんわ、そんな昔のこと」と言って帰っていった。
そうして交代のためにやってきたアキニの方が実は本命で、やってくるなり宿の中へ招き入れて、先ほどの推論を話す。
アキニは腕を組み、黙って話を聞いていたが、やがて小さくため息を吐くとナッシュとヒューダイをじろっと軽くにらんだ。それだけでナッシュは目を逸らし、ヒューダイが背筋をピンと伸ばすところを見るに、三人の力関係ははっきりしていた。
コリンたちはアキニに恐れを抱くようなことは何一つないので、その反応が不思議である。
アキニの見た目はクールな美少女であるからして、ヒューダイが緊張しているのは余計におかしな光景であった。
「……個人の過去を暴くようなことは感心しないけれど、カティの息子に関することは知っているよ。軍部に入り、犠牲となった。珍しいことではない。戦いには犠牲がつきものだ」
淡々と語るアキニの目は細められ、どこか遠くを見つめているようだった。
「戦いの場に身を置くものは、いつか自分の番が来るかもしれないことを頭の片隅で意識しているものさ。どんなに強くなっても、どんなに注意深く戦ったとしても、十度も集団での殺し合いをすれば、人が死なずに済むことなどありえないからね。しかしそれを待つものは往々にしてそうではないことがある」
小さな体で幾たびの戦場を生き抜いてきた者の悲哀と諦めが、その瞳に宿っていた。
軍を預かるということは、できる限り最後まで指揮をとり続ける責任があるということだとアキニは考えている。
軍を預かるということは、幾人もの部下の命を背中に背負って生きることだとアキニは考えている。
「アキニさんっておいくつなのかしら?」
「そろそろ百七十に……なります」
チラリとカーミラを観察して、アキニは言葉を敬語に切り替えた。
何か察するものがあったらしい。
「若く見えるわね」
「……どうも」
今までカーミラがまともに会話するところを見たことのなかったアキニは、突然妙な存在感を持つ美女が現れたことに内心動揺していた。もちろんいることは把握していたはず。それでもアキニが急にカーミラに対して警戒心を上げたのは、間もなく時間が夜に差し掛かることと、カーミラが真面目にこの宿を守ろうとしているからに他ならない。
戦いが苦手なカーミラであっても、一度殺せば済むものが相手であれば、不意打ちで殺す手段は無数に持っている。
アキニの戦いの勘が、無意識のうちにカーミラの存在を警戒させたのだった。
「……とにかく、その時のことはよく覚えているよ。当時酷く取り乱していたから、数十年後にカティが十頭に加わった時には驚いたものだ。実力でそこまで上がってきたのだから、本人に不利になるようなことを話すべきではないと口をつぐんできたけれどね」
これまでの話をまとめて考えてしまうと、カティの存在はかなり怪しい。
十頭を殺す動機はある。
国に対する恨みのようなものもありそうだ。
誰もが口をつぐみ、次にどう動くかと考えているところに、宿の主人が「どうぞ」と言って温かい飲み物を出してきた。
アキニ、ナッシュ、ヒューダイ、それからコリンやモンタナたちに。
アキニが飲み物に口をつけようとして、直後椅子から飛び上がり剣を引き抜いた。
持っていたカップが真っ二つに斬られ、床に落ち、割れて四散する。
正面には同じく、剣を振るい終わったモンタナが立っていた。
「どういうつもりかな」
「コリン」
モンタナがコリンの名前を呼んで、宿の主人に目配せをする。
ハッとコリンがそちらを見ると、宿の主人は驚きと共に、怯えと焦りの表情をその顔に浮かべていた。
すぐさまその腕を引き床に引き倒したコリンは、背中に乗っかって宿の主人を取り押さえる。宿の主人は息を詰まらせて咳き込んだ後に、絞り出すように「何を……」と声を上げた。
「不安、焦り、攻撃の意志、ほんの少しいつものお茶と違う匂いしたです。毒はいってるですね?」
「……君はズブロクの縁者と聞いたけど」
床に押さえつけられている宿の主人を見て、アキニは抜き身の剣を持ったまま静かに問いかけた。
「誤解です。皆さんがお疲れのようだったので、目が覚めると評判の茶を入れただけで」
「なら自分で飲むですよ。全部飲んだら信じるです」
宿の主人の前にしゃがみこんだモンタナは、じっと目を見つめたまま茶を主人の目の前に置いた。いつも眠たげに細められている目がカッと見開かれている。
「こ、このままじゃ、飲めない……」
「コリン、上向けさせるです」
「はーい」
腕をひねる痛みをもって、器用に宿の主人の体を仰向けにしたコリンは腕を体と床で挟まれて「痛い痛い!」と騒ぐ主人を無視して、又その上に乗っかった。たまらず叫び声をあげながら涙を流す主人に、モンタナは容赦なく言う。
「口開けるですよ」
「痛い! どいてくれ!! 助けて、助けてください!!」
宿の主人は必死になってアキニたちに助けを乞うが、ナッシュとヒューダイがおろおろとしているだけで、アキニは冷たい目を返すだけであった。
「……開けないなら無理やり開けるです」
抜かれた剣が口元に寄せられたのを見て宿の主人は叫ぶ。
「毒を入れた!! 俺が入れた!!」
モンタナはそのまま剣先を、振り下ろし、宿の主人の耳の端を掠らせた。
悲鳴を上げ意識を失った宿の主人から目を離したモンタナは、いつものように目を細めて、アキニの方をちらりと見て言った。
「失礼したです」
「いや、助かった。警備をすると言ったのにこのようなことになってしまい、謝罪の言葉もない」
「そですね」
いいとも気にするなとも言わない。
モンタナは冒険者だ。
ハルカの陰に隠れて穏やかに生きているが、その本質部分は敵対した者に容赦しない立派な上級冒険者である。





