先輩
外が暗くなった頃に姿を現したカーミラは、いつの間にか小人が一人増えていることに「あら……」と声を上げた。
十頭との会議の際に大事なお姉様に意地悪を言っていた小人である。
どうしてこんなところにいるのかしら、と思いながら様子を窺っていると、アルベルト達と仲良さげに話をしていることがわかる。
どうやら敵ではないようだと判断をすると、カーミラは宿の四隅に歩いていって、指先をかじり、ぽたりぽたりと血を数滴たらして戻ってくる。これでこの宿の中は簡易的ではあるがカーミラの領域だ。
知らぬ何者かが入ればすぐにわかる。
カーミラはすました顔でソファへ戻ると、ぼんやりと仲間たちがしゃべる言葉に耳を傾けた。別に自分がしゃべらなくても、気の置けない仲間たちが話しているのを聞くだけでも、カーミラにとっては十分な慰みになるのだ。
一人ではない時間は幸せだ。
カーミラは目を閉じて、ハルカが今頃どうしているかと思いをはせた。
翌朝の昼過ぎ。
素振りやら訓練やらを終えたアルベルトたちは、ナッシュの下に集まり犯人に当たりをつけていた。昨日今日で動き出さなかったのは、相手方からアクションがあれば新たな手掛かりになると考えたからだ。
もし明日一日待っても何もないようならば、ナッシュの方から捜査に動き出す予定である。コリンたちからすると護衛の手を割かなければいけなくなるので、もうちょっと確信を持ってから動き出したいところだ。
「結局候補としては、造船関係のアードベッグ、商会のカティ、それからヒューダイってところか」
どれも一応伯爵領と繋がっており、伯爵領との交易を継続することで利益がある。
とはいえそれは【ディセント王国】と直接交流を持っていたとしてもできることであり、今一つ理由としてはしっくりこない。
まだコリンたちもナッシュも知らないような事情がどこかに隠されているはずなのだ。残念ながらアキニは街を離れていることが多いらしく思い当たることはないそうだし、ズブロクに聞いてみても「どうせヒューダイじゃろ」という頭を使わない答えしか返ってこなかった。
ナッシュはなぜかヒューダイに関しては、まぁ、ありえなくはないか、くらいのスタンスであり、あまり疑っていないようである。
なぜかと質問しても適当に誤魔化されて明確な説明は返ってこなかったけれど。
よくもまぁこんな鉄兜のような頭の固さをしているズブロクに、アルベルトたちは気に入ってもらえたものである。
明後日まで待機か、とダラダラ過ごしていたコリンたちに突然大きな声が聞こえてくる。
「何しに来やがった! 頭引っこ抜かれに来たか!?」
ガラガラ声の主は、昼間の警邏担当をしているズブロクである。
何事かとコリンたちはバタバタと玄関に向かい、扉から顔を覗かせる。
「いや、あの、お願い事がありまして……」
「何じゃこの……! こらぁ!」
内容のない因縁をつけられているかわいそうな人物は、たった一人の人族の十頭であるヒューダイであった。人族大嫌いのズブロクを、隣にいるドントルが「まぁまぁ」と宥めている。
「あのー、どうしました?」
「あ、すみません。冒険者の方々に依頼がありまして……あ」
同じくひょっこりと顔を出してニヤついているナッシュの顔を見つけて、ヒューダイは抜けた声をあげる。
「ナッシュ先輩、ちょっとあの、助けてもらえませんか?」
「お前、この間の会議で僕のこと責めただろ」
「あれは先輩が変にひねくれたことを言ったからじゃないですか!?」
「……ズブロクの爺さん、ちょっと用があるから通してよ」
「なんじゃあ? 儂はこいつのことを信じとらんぞ」
ぎょろぎょろとした目がナッシュを睨むと、ナッシュは「この爺はさぁ!」と文句を言いながらコリンの後ろへ引っ込む。
「犯人捜しの事情聴取をしたいので」
「……うぅむ。仕方ない、そ奴が犯人だと決まったらすぐに知らせろ。その場でそっ首ぶった切ってやる」
「はーい、その時はお任せしまーす」
うまいこと言いくるめたコリンが早く早くと手招きをすると、ヒューダイは恐る恐るズブロクの横をすり抜けて宿へと逃げ込んできた。
「で、話って?」
「いえその、もしかしたら私も命を狙われるのではないかと思いまして、護衛をお願いしたいなと」
「なるほどねー、はい、そこ座ってちょっと待っててね」
にっこりと笑ったコリンはヒューダイをソファへ案内する。
そういうことなら話が早い。
コリンはそのままさらさらと契約書を書き上げると、ものの五分で「はい、どうぞ」とヒューダイへそれを差し出した。
昨日ナッシュとああだこうだ言いながら仕上げたものと同じ内容である。
これが了承できないのなら、護衛を受けるつもりはなかった。
「あの……、文句はないのですけど、妙に話が早いですね」
「俺も昨日同じことしたからな。今日まで殺されなくてよかったじゃん」
「あ、なるほど、先輩もですか。はいはい、それは話が早くて助かりました」
さらさらっとサインを書き終えたヒューダイは、契約書をコリンの方へ返して顔をあげる。
「ということは、もう犯人にはあたりがついているということですね」
「え?」
「だって先輩がいるんですから、当然ですよね」
「……当然だろ」
「流石です。私は色々調べるのに丸一日かかったというのに」
「…………いや、まぁ、やるじゃん」
犯人に心当たりのない先輩は、とりあえず仕事のできる後輩をちょっとだけ褒めてやることにしたのだった。





