その頃
時折ハルカにも秘密の会話をするくらいには意気投合したらしいエリザヴェータとエニシは、夜半になってようやく床に就いた。
途中でエリザヴェータは【ロギュルカニス】に向けての書簡を用意してくれたので、今回王国でやるべきことはそれで終わりだ。
朝早く、女王自らお見送りに来てくれたので別れの挨拶をして出発する。
「昨日も話したが細かい部分は国同士で詰める。ハルカはそれをあちらの代表に渡せばそれで話は終いだ。近く北城とやらを連れてまたくるのだろう?」
「一連の話が済んだらそうする予定です。休息時間を挟んだとしても……春頃までには」
「次は爺もつれてくるのだぞ」
「努力します」
「断ったら私が泣いていたと言え」
「流石に信じないと思います」
「心の中では涙を流しているかもしれんだろうが」
ハルカが女王相手に思ったことを言えるようになったのは、これもまたひとつ成長なのだろう。人払いをしているからか、エリザヴェータは昨晩と同じく楽しそうに笑っている。
「エニシよ、うまく手札を使うんだぞ」
「うむ、承知した」
その手札の中には間違いなく自分も入っているのだろうなと思いながらも、元から助力することを考えていたので、ハルカはあまり気にしていない。
話が終わりナギの背に乗れば、あとはまっすぐ【ロギュルカニス】へ戻るだけだ。
予定通りに行けば往復で九日。
それほど長い時間ではないけれど、何か問題が発生していたとしてもおかしくない時間は過ぎている。
「ナギ、帰りも急ぎでお願いします」
一晩休んですっきりと目が覚めているナギは、空に向かって元気よく返事をすると、まっすぐ南へと風を切るのであった。
◆
日は遡り、二人と一頭が出かけた後の〈フェルム=グラチア〉の宿。
本気で訓練をすると毎回怪我をするため、基礎訓練だけをして宿へ引っ込んだアルベルトたちは退屈していた。
警戒するという名目はあるけれど、すなわちただ待ちぼうけの日々となる可能性だってあるのだ。
緊張しているのはアルベルトたちよりも、外で警邏にあたっているドワーフの兵士たちと街の住人である。
昨日までは変なダークエルフが大道芸を披露して、変な人がお菓子を配ってくれていた楽しい空間だったというのに、随分と物々しくなってしまった。親子連れが心配して何があったか尋ねる時には、ついでにその二人の心配をする言葉まで出てくるのだから面白い。
ハルカたちが近所に住む人たちから好かれていた証明だろう。
兵士たちは決まって「賓客の護衛についているのです」とだけ答えるが、住民たちは首をかしげてしまう。昨日から中にいる人が変わらないはずなのに、急に賓客とか言われても納得がいかない。
とりあえず今日の夜まではズブロクとその配下が警備にあたることになったらしく、間もなくしてズブロクも宿の中へ入ってきた。なぜか、十頭の一人であるナッシュを連れて。
対応したのはコリンとアルベルトだ。
モンタナはちらりと一瞥したのち、宝石を削る作業に戻ってしまった。
それだけで何やら悪辣なことを企んでいるわけではなさそうだという証明になったが、一応留守組のまとめ役を自認しているコリンは事情を聞かざるを得ない。
「ズブロクさん、ナッシュさんは何をしに?」
「知らん、儂は外で見張っとるから、そっちは勝手に話をつけてくれ」
「え? ちょっと、事情は話したじゃん……」
ナッシュが文句を言っている間にズブロクは家の外に出て、昨日までハルカが陣取っていたベンチに座って腕を組んでしまった。もちろん戻ってくる気配も、ナッシュの紹介をする気配も全くない。
言葉通り勝手にやれということらしい。
今日は目覚めているレジーナが、『何だこいつ』と言わんばかりに離れた場所の椅子に腰を掛け、背もたれに腕をひっかけたままガンを飛ばしている。
「とりあえずどーぞ」
一応対面しているソファをすすめて、向かい合うコリン。
その真後ろには中でも特に背の高いアルベルトが、じーっとナッシュのことを観察していた。
決して自分が良い印象を持たれていないことを理解しているナッシュは、それでもいつものにやけ面を晒して両腕を上げて降参のポーズをしてみせた。
「別に悪さをしに来たんじゃないよ」
「はい、そうみたいですねー。で、何しにきたんですか?」
「いや、だから僕は犯人探しがしたいわけじゃん?」
「そうですね、頑張ってください」
「あ、冷たいね。犯人見つかった方がそっちもすっきりすると思うんだけど?」
「別にそんなことないですけどー?」
本題に入る前に自分のペースに引きずり込もうとしたナッシュだったが、コリンも交渉事には慣れている。まして今は対等かそれ以上の状況だ。相手が前に出てきたのに遠慮して引いてやる必要はない。
「君たちはどうでもいいかもしれないけど、彼らはどう? 〈マグナム=オプス〉の船乗りってことは、アードベッグの態度とか気になるんじゃないの?」
コリンが横目でチラリと視線を送ると、アバデアとコリアが首をフルフルと横に振った。しっかりと目が合ってしまった時点で、気になっていないとは言い難いだろう。
「本題に入ってもらえます? 敵かもしれない人を傍に置いときたくないんですよねー」
もしコリアたちが気にしているのだとすれば、ハルカならば犯人探しに手を貸すことだろう。だが無償でそれをやることに普段反対しないのは、ハルカという戦力が近くにいるからに他ならない。
万が一を考えれば、今のコリンにとって犯人捜しの優先度は低い。
「逆だよ、逆。僕、会議で大っぴらに『犯人』に宣戦布告したでしょ。僕まだ死にたくないんだよね。だからここに来たっていえば分かる?」
「わかりません。一から十までわかるように言葉にして教えてもらえますか?」
わかってて答えないのは、ここにいる全員の耳にナッシュの目的を、本人の口からきかせるためだ。ただの意地悪で言っているわけではない。
少しでも曖昧な部分を多くしたまま話を進めるつもりだったナッシュは、内心舌打ちをしながらも、へらへらと笑ったまま答えた。
「つまり、今の〈フェルム=グラチア〉じゃこの宿が一番安全ってこと。まず、人の目がある。南北将軍とその配下が常に警備している。それからどうやら凄腕の冒険者らしい君たちが常に警戒をしている、ってね? そんな高名な……」
一瞬アルベルトが得意げな顔をするのを見逃さなかったナッシュは、しめしめと思いながら言葉を続けようとしたが、残念ながらコリンに遮られた。
「あ、なるほど! 護衛の依頼なら受け付けてまーす。ありがとうございまーす」
「……はぁ。ついでに調査の護衛も頼みたいんだけど」
担ぎ上げてうまいことうやむやに守ってもらおうとしていたナッシュは、ついに諦めて真正面からの交渉を始める。
「時と場合によるからその都度相談でお願いしまーす」
状況的に圧倒的にコリンが有利だったとはいえ、完全にしてやられてしまったナッシュは「抜け目ないなぁ」とため息交じりにぼやいたのであった。
なんと1200話
ブクマして評価山ほどくれてもいいっすよ!





