発破をかける
それからしばらくこれまでの話をしているうちに、夜はとっぷりと更けてしまった。
ちょうど会話が途切れた頃、これまで完全に沈黙して気配を消していたエニシの方へエリザヴェータの視線がむく。雰囲気にのまれて目を伏せていたエニシは気づかないが、ハルカには少しばかり意地の悪い表情をしているエリザヴェータが見えていた。
「さて、お主はずっとだんまりだが、何をしにハルカについてきたのだ?」
エリザヴェータは、はじめに前に来た時に向けられた、何かを探るような、何かを学ぼうとするような視線から、エニシがおおよそただの【神龍国朧】の住人ではないことを見抜いていた。
委縮している様子からして王族ではないにしても、ハルカの近くにいるのだから保護されるだけの何かはあるのだろうという人読みも混ざっている。
「リーサ……」
「ハルカよ、主は優しいが、時に優しさは成長の機会を奪う。今ここにいる私は、滅多に見ることのできぬ女王ではないエリザヴェータだぞ。最後まで何も言わずに終わって良いのか?」
たしなめるように声を上げたハルカをエリザヴェータは制する。
エリザヴェータとエニシは、どちらも組織の長であることに違いないが、生まれも立場も大きく異なる。
片や攫われて飾り物の長となり、夢破れ、命からがら大陸へやってきた逃亡者。
片や生まれながらの支配者であり、実力で今の地位を確立した傑物である。
「……聞いてもいい、でしょうか」
「いいと言っている」
「……どうすれば人はついてくるのでしょうか。どうすればそのように胸を張っていられるのでしょうか」
エニシは堂々たる女王を前に、自らの失敗を思い出す。
理想は理想のまま、計画は遅々として進まず、挙句身内に裏切られて故郷を後にすることとなった。
エリザヴェータの堂々とした自信に満ち溢れた姿は、エニシにしてみれば人を導くための一つの答えのように見えた。
「ふむ、質問の意図を勝手に測って答えてやろう。ついてこないものは力で抑え込め。上に立つのならば人前で弱い姿を見せるな。間違った時でも堂々と振るまえ。それが許されなくなった時は死に時だ」
「力がないときはどうしますか?」
エニシが顔を上げて反論する。
エニシは攫われて、なんとか巫女たちの頂点に立ち、ようやく夢を動かし始めた。
エニシは思ったのだ。王の娘として生まれたエリザヴェータとは立場が違うのではないかと。
「力がないのならば力を蓄えよ。慎重に自らに賛同するものを探し集め重宝せよ。それが力だ。動くときは一気呵成に事を進めよ。抑え込むことが難しい敵は適宜殺せ。それが意志を押し通すということだ。過去に学ぶのだ。しかし自らの道を振り返り足を止めるな。付け入る隙を与えず進み続けよ。王とはついてくるものに背中で語るものだ」
噛みつくように身を乗り出したエリザヴェータに、エニシは目を丸くして身を引く。飲み込まれそうになる気迫に、自らが手を取り合うようにしてやってきたことが否定された気がした。
悔しいけれど、反論ができなかった。
「と、まぁ、これが私の歩み方だ。しかし隣を見てみよ。この妹弟子の優しさを。常に迷い、悩む姿を。これもまた王だ。私とは違って圧倒的に強いからこそ成り立つ王の姿だ」
先ほどとは一変した静かな語り口は、エニシの心にすっと滑り込んでくる。
一番年下のはずであるエリザヴェータが、完全にこの場を支配していた。
「人は手札を使って戦うことしかできぬ。手札が弱いのならば増やせばよい。戦う意思を見せずに、相手を倒せるようになるまで顔をあげずに手札を増やし続けるしかない。使えるものは何でも使うのだ。お主の手には今、どんな札が握られている? 札を増やす努力はしたか? それはお主の道を切り開くに足りうるか?」
エリザヴェータ視線がエニシをまっすぐに貫く。
エニシは目をふせて言葉をかみ砕き、やがてエリザヴェータとまっすぐに目を合わせた。
「助言、感謝する。名乗りが遅れて申し訳ない。我はエニシ。エニシ=コトホギ。【神龍国朧】の中枢たる〈神龍島〉の巫女総代、いや、その身分を簒奪された前巫女総代だ。今は何も持たぬただの居候だな。戦ばかりの【神龍国朧】を憂い、それを変えんと目指す者だ。故郷を離れても我の夢はまだ終わらぬ。我にはまだやるべきことがある」
「巫女か。知っているぞ……。ではエニシよ。お主は今どちらに名乗りを上げたのだ。【ディセント王国】女王エリザヴェータへか? それともハルカの姉弟子のリーサへか?」
そんなものは普通に考えれば、どう考えても前者である。
北城家の件も考えれば、そう答えれば十分に支援を得られる可能性のある、分のよい賭けであった。
「もちろん、ハルカの姉弟子のリーサにだ。我に心からの言葉をくれたリーサに礼を言って名乗りを上げたのだ」
「……愚か者め。札を投げ捨てたな」
エリザヴェータの表情が一瞬で失せて、冷たいものへと変わる。
それでもエニシはその顔に微笑みを湛えていた。
「投げ捨てたとも。投げ捨てなければならぬほど、尻を叩いてもらった」
「馬鹿な女だ」
「リーサ……」
冷たく言い捨てたエリザヴェータに、狼狽えながらハルカはまた名前を呼んだ。
さっきからエリザヴェータの名を呼ぶことしかできていない、情けない特級冒険者の姿がそこにあった。
しかし、その直後エリザヴェータは体を震わせて笑う。
「……くっくっく。ああ、私の喋り相手が一人増えたようだぞ、ハルカ。良い客を連れてきてくれたな」
「荒波にもまれて逃げ出したときは、こんな遠い地に相談相手ができるとは夢にも思わなかった。ハルカには本当に感謝しかないな」
なぜか二人とも妙に上機嫌だ。
なんとなく飲み込めるような飲み込めないような微妙な状況である。
しかし、心配するような状況でないことだけははっきりと分かった。
「…………まぁ、お二人が楽しそうならそれでいいのですが」
一人だけ最後まで振り回されていたという不満はあったが、その言葉自体には全く他意はないハルカであった。





