圧が強い
違いますと言ってしまったものの、最近の話を全て伝えようとすると、違うとは言えない部分も出てきてしまう。
例えば北城家とマグナスの件なんかはもろに【神龍国朧】の話だ。
とはいえまず最初に話すべきは【ロギュルカニス】の件になるだろう。
いつの間にかすっかり大きな話ばかり扱うようになってしまったと思ったハルカだが、能く能く思い出してみれば割と最初の頃から大事に巻き込まれている。
初めての遠征が【神聖国レジオン】のお偉方のコーディであった時点でこうなることは決まっていたのかもしれない。
「そちらではないのならば【ロギュルカニス】の件か。ザクソンから話は聞いている。何か問題でも起こったのか?」
「もうご存じでしたか。仰る通り【ロギュルカニス】の件です。あちらの国では人攫いの正体を、王国南西にいる伯爵たちであると考えています。これまで交易をしてきたようですが、そんな裏切りをされるのであれば国同士の貿易に切り替えて、今回の問題をリーサの方で対処してもらいたいと」
「ほう、悪くない話だな」
知っての通りエリザヴェータは国内の清高派の排除を常に狙っている。
メリットは中央集権と、国内の種族差別主義者の根絶である。
国土は小さいとはいえ北部にエルフ族と獣人族の国がある以上、差別主義者は王国の足を引っ張るばかりだ。
エリザヴェータは下らないプライドで足を引っ張る馬鹿が大嫌いである。
とはいえ、前王の時代には貴族のおよそ半分ほどが清高派であったことを考えれば、政策を強引に推し進め過ぎれば内乱を招く恐れがある。
マグナスを潰したことで残りは三割程度となった清高派のうちの、特に力を持っているのが今提示された南西の三伯爵家であった。
抑えとして誰とも仲良くならないデルマン侯爵領が近くにあるので、それほど警戒をする必要はないのだが、邪魔であることには違いなかった。機会があれば潰してやりたい。
だがそのエリザヴェータの考えを【ロギュルカニス】に見透かされていそうなこの交渉は、なんとなく気にくわなかった。
「今回の話には私たちの事情も絡んでいます」
「……聞かせてみよ」
まだ何か事情があるのならば、全てを考慮したうえで事を決めたい。
エリザヴェータはやや眉尻を下げたハルカの表情を見て、又しょうもないことで申し訳なく思っているのだろうなと、内心をなんとなく察していた。
「救出した小人とドワーフの方々を、私たちの拠点に迎え入れて、船を作ろうと思っているんです」
「船? なぜだ、ハルカの宿には竜がたくさんいるだろう」
「大荷物を輸送するには私かナギがいなければいけません。各地に出かけることも多いですし、定期的に船で交易ができたらいいなと、コリンからの提案もありまして……」
「なるほど【神龍国朧】の者もいるようだしな。あの商才の溢れた娘の考えそうなことだ」
エリザヴェータはハルカの愉快な仲間の一人を思い出す。
金勘定が早く利に敏い少女は、エリザヴェータから見ても中々の逸材である。
ハルカも含めあの宿の面々ならば、本人たちが望むのならいつでも王宮に出仕させて身分を与えてもいいと思っているエリザヴェータである。
「策略とはいえ船を奪われてしまったので、船長をしていた方は【ロギュルカニス】での居場所がないそうです。義理堅くて優秀な方ですし、是非にと思いまして」
「ふっ、ハルカらしい。それで、なぜその事情が今回の件と関わってくる」
「【ロギュルカニス】は造船などの技術を外へ漏らしたくないようです。そもそも国民が外へ出ていくこと自体歓迎していないようで、連れていくのならばそれなりの利を差し出すべきだという話になりまして……」
「暴れて連れ帰ってくればよかったろうに」
「それは肌に合わないので」
「であろうな」
やらないとわかっているからの茶々入れだ。
たまの休息時間くらいはエリザヴェータもふざけたい。
普段は威厳たっぷりのお堅い女王様が楽しげに笑っているのを見て、わざとだなと察したハルカも軽く笑った。
「リーサは清高派と対立しているでしょう? 双方にとって良い機会になるのではないかと思って、提案をして、こうして交渉にやってきました」
「ほう……驚きだな」
「何がです?」
「初めて来たときと比べると、随分といろいろな事情を汲めるようになったようだ。姉弟子として誇らしいな。どうした? 会っておらぬ間に何か変わったことでもあったか?」
〈混沌領〉に出かけていつの間にか大国の王様になっているけれど、今はそのことを話しに来たのではない。他にも話すことがとハルカが少し間を空けたすきに、エリザヴェータはまた「ほう!」と声を漏らした。
「さては本当に何かあったか」
些細な体の動きで色々と察してしまうエリザヴェータは、ハルカにとって非常に隠し事が難しい相手である。これでも手加減してくれているのだろうから、まるで交渉事で勝てる気がしない。
エリザヴェータであれば、モンタナを相手にしてもうまいこと立ち回りそうである。
「……どうでしょうか?」
「良い。明日の出立までに書状を用意しよう。条件はこちらでおいおい詰めることにするから安心するといい」
「ありがとうございます」
「いや、良い判断だった。今回の件から因縁をつけて、じわじわとあの愚か者たちの力を削ってやろう」
エリザヴェータには悪い笑みがよく似合う。
相変わらずの迫力美人の顔を見ながら、ハルカはこの人が敵側にいなくてよかったと思っていた。
「他にも話はあるだろう? 折角来たのだから全部吐き出していけ」
「あ、そうでした。実はマグナス元公爵が生きていて、【神龍国朧】の北の島国を乗っ取ったそうです」
「なるほど」
エリザヴェータは想像していない角度からの報告に、辛うじて動揺を隠しながら言った口を閉ざす。どちらかと言えば【ロギュルカニス】の件の方がついでになるくらいの報告である。
「その子が関係者で知ったということか?」
「いえ、エニシさんはその前からで、今保護しているのは乗っ取られた国の後継者である北城行成という若者です」
「……どこで出会ったのだ。拠点付近にはそんなものが流れてきそうな場所はないはずだが」
「あ、えー……とですね」
「よし、全て吐け」
エリザヴェータが身を乗り出した。
「ここで聞いたことは、ハルカが望まぬ限り知らぬことにしてやる。今の私はノクト爺の弟子のリーサでしかなく、ハルカはその妹弟子でしかない。全て吐け、全てだぞ」
「……あの、ちょっと言いづらいことというか」
「いいから話せ。聞かなければ後悔すると、私の直感が言っているのだ。約束は破らない。私が信じられないか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「では話せるな?」
「しかし」
「ハルカ」
「はい」
「話せるな」
「……えーとですね」
ハルカにしてはめちゃくちゃに粘った方である。
ちらりとエニシを見ると、エニシも不安そうにハルカを見上げていた。
ノクトかコリン、いっそ誰でもいいからもう一人仲間を連れてくればよかったなと思ったハルカだが、後悔先に立たずである。
「……はい」
「よろしい」





