矢継ぎ早の
ナギにできるだけ急いでとお願いしてみると、張り切ってくれたのか、いつもより随分と早く景色が流れていく。いつも本気を出していたわけではなかったのだなと、ハルカが知った瞬間だ。
その日のうちに【ロギュルカニス】の北沿岸にたどり着き一泊。
あくる日の太陽が登る前に出発し、 途中、小さな島で襲ってきた魔物を撃退。
次の日も島で休んで翌朝目覚めると、今度は周りをどこのものかわからない船で囲まれていたので慌てて離脱。
【神聖国レジオン】の南端に到着してから一晩を過ごし、それからさらに翌日の夕暮れ時。ハルカたちはようやく【ディセント王国】の首都〈ネアクア〉に到着した。
エニシは昨晩ナギの上で睡眠をとったが、どうにも寝た気がせずに目を擦っている。
かなり急いだというのに片道で丸々五日かかってしまった。
果たしてエリザヴェータはいるのだろうかと心配しながら、少し離れた場所で着陸しナギを後ろにのっしのっしと歩かせながら街の入口へ向かう。
到着して大人しく並んで待とうとすると、兵士が走ってきて「少々お待ちください!」と声をかけられる。険しい表情をしていたので、何か悪いことでもしてしまっただろうかとハルカはちょっと焦ったが、ただただナギが怖くて表情が強張っていただけである。
どうやらナギの姿が見えた時点で城も兵士も動き出していたようで、間もなく疲れた表情の男性が一人やってきて、開口一番「随分急だな。急ぎの用事か?」と声をかけてきた。
「お久しぶりです、やや個人的な理由で急いでいます」
「よしわかった、直接城の庭まで行け。前にナギを着陸させた場所は覚えているな?
俺も一緒に背中に乗っていく。こっちは見たことのない顔だな。大丈夫だな? 信用できるな? 悪さはしないな?」
「大丈夫です」
「ならよし、行くぞ」
あまりにも話が早くて、エニシが目を白黒させている間にリルはハルカに続いてナギの背に乗り込んでいく。
このリルという男、闇魔法を得意としており、エリザヴェータの影武者もやっている最側近の一人だ。あまり表に出てくることのないエリザヴェータ政権の重要人物である。
だからと言って城に直接乗り込むことを許可するような権限はないのだが、ハルカの扱いについては前からよく言い聞かされている。
来ればとりあえずさっさと私のところまで通せ、というのがエリザヴェータの要望であるから、リルはそれに従ったまでである。
「リルさん、相変わらずお疲れのようですね」
クマのできた目はリルを実年齢よりも老けて見せる。
もうすぐ四十になる男は小さく笑いながら「でも充実してるぞ」と言った。
「治癒魔法を使いますよ」
「悪いな」
ハルカから魔法を受けたリルは首を左右に倒して、肩をぐるぐると回す。
「随分と楽になった。今日も時間があれば変装してきたんだがな、あまりに急に来過ぎだ」
「すみません、遠くから飛んできたもので」
「遠くって言うと?」
「【ロギュルカニス】から」
まだ国交のない国。
しかもエリザヴェータの目の上のたん瘤でもある清高派の残りかす、伯爵たちの交易相手だ。
リルは職業病で情報を聞き出そうと口を開こうとしたが、どうせエリザヴェータに話すのだからとやめた。
国と国の交流について自分が意志を持ったところで何の意味もないと知っているからだ。
「【ロギュルカニス】ね。……それにしても、ナギはまたでかくなったんじゃないか?」
「一緒に暮らしているとあまりわからないのですが……、そうかもしれません」
「最初に見た時は卵から孵ったばかりだったのにな」
「懐かしいですね」
そう、その頃にエリザヴェータの振りをしてハルカたちを試そうとして、酷い目にあったのがリルだった。思えばこの世界ではそれなりに古い知り合いになるだろう。
城に併設された訓練場に到着したハルカたちを待ち受けていたのは、エリザヴェータその人であった。
周囲に護衛らしき人物が幾人も控えていたが、ハルカの到着を確認したエリザヴェータが腕を一つ振ると、さっと離れて訓練場の端に直立する。
剣を携え胸を張っているエリザヴェータは、以前と変わらぬ威風堂々とした姿だ。自信に満ち溢れているからこその人間的な魅力が、外にあふれ出ているような女性である。
ハルカたちが急いでナギから降りると、エリザヴェータはまずリルの労をねぎらってから、こちらも訓練場の端へ追いやる。
「久しいな、ハルカ」
エリザヴェータはちらりとナギの上を見てから、左右前後に目を走らせて続ける。
「ふむ、爺はいないのか」
「すみません、次は誘います。今回は旅先から直接来たので」
「そういえばいつもの仲間がおらんな。なるほど、急ぎか。出立は明日か? 今日出るのならばここで話を聞こう」
できるだけ早く戻りたいところだが、北方大陸に到着してからちょっと無理をしている。ナギも今晩は休ませたいところなので、出発は明日になるだろう。
「明日の朝早くにします」
「では腰を落ち着けて話そう。ついてこい」
エリザヴェータの歩く速度は速い。
背につけているマントがなびくほどにつかつかと歩くので、エニシは小走りでついていくような形だ。
エリザヴェータは数歩進んでから「ふむ」と言って速度を緩めた。
「今日の連れは?」
「エニシと言います。ここ一年程一緒に暮らしています」
「戦えるのか?」
「いえ、あまり」
「響きと顔立ちからして【神龍国朧】の者か。……我が城と配下、それに私を随分と観察していたようだが、何か気になることでもあるのか?」
笑顔はない、視線も向けられていなかったが、声をかけられたエニシは肝が冷えた。実年齢は年下のはずであるのに、エリザヴェータの言葉には妙なプレッシャーがある。
「来たことのない地で興味深く」
「そうか。ハルカの知り合いだというのならば、存分に見るとよかろう。幸い間者ではないようだからな。そうであれば、もう少しさりげなくふるまうものであろう」
ふっと笑ったエリザヴェータは、目元を少しだけ柔らかくしてさらに質問を続ける。
「【神龍国朧】は変わらず戦が多いのか?」
「一時減りましたが、今は増えているのではないかと」
「ふむ、バルバロ侯爵領からの話によれば、少し前は安定していたと聞いたのだがな。今はということは政変でも起こったか。安定せぬな」
そんな調子でエリザヴェータが疑問を投げかけ、エニシが緊張しながら答えるという構図が続く。
そうして部屋に着いて三人がソファに腰を下ろしたところでエリザヴェータが言った。
「エニシは【神龍国朧】の中枢にいた人物だな? 今日の話はその関連か?」
「あ、合っていますが、今日は違います」
「外したか、残念だ」
エリザヴェータははるばるやってきた妹弟子と話すのが楽しいようで、言葉とは裏腹にその顔には笑みを浮かべていた。





