いつだって心配ばかり
ディセント王国へ向かうことに決めたハルカは、意識して表情をきりっと引き締めて十頭に向かって宣言をする。
「ご提案の通り、私とナギ、それにエニシだけで王国へ行って話をつけてきます。警備はお任せしていいですね?」
「おうとも」
「勝手に訓練で怪我する分には責任をとれないよ」
将軍二人が間を置かず返事をしてくれたことで、ハルカは僅かに微笑んだ。
アルベルトたちのことは信用しているが、相手も何をしてくるかわからない。
「よく、言い聞かせておきます」
「……そんじゃ、これで話は終わりかな」
ナッシュは会議の終わりを告げながらも、目を動かして他の十頭の様子を観察しているようだった。アキニと同じく、事情を知っているものが犯人だと確信しているようで、疑り深い目をしている。
「一度宿に戻り、早めに出発をします。何か私に御用の方はお早めにお願いします。それでは」
頭を下げたハルカは、仲間たちに「行きましょう」と声をかけてその場を後にする。
ハルカたちが姿を消した会議室では、ナッシュが立ち上がってすぐにアキニの方へ駆け寄って尋ねる。
「アキニ将軍ともあろう人がえらく気を使ってたみたいだけど、実際あのダークエルフってどれくらい強いのさ」
「さぁ?」
普段とは様子の違うアキニが気になっての問いかけであった。
ナッシュは軍事の兵器開発部門のトップにいる小人だ。
口ばかりが達者なように見えて、将軍たちとは距離が近い。
「さぁって、どういうことさ。よくわかんないのにあんなに警戒してたわけ?」
アキニの曖昧な返事に、ナッシュは呆れた声を上げた。
「いや? よくわからないくらい警戒すべき相手ってこと」
ナッシュは驚いてズブロクを見るが、こちらも平然とした顔で髭を擦ったまま答える。
「話の主導権を握りたいなら、そんなことは今日の会議の前に聞いとくんじゃな」
「……強そうには見えなかったけど」
「虫から見れば大樹も竜の足も区別がつかぬものだからね。さて、私は急ぎ警備の手配をする。ズブロク、とりあえず私たちは交代で宿を見張るようにしよう」
「そうじゃな。竜の怒りを食らうのなんざまっぴらごめんじゃ」
さっさと会議室から出ていく二人を、ナッシュは小走りで追いかける。
「なぁ、二人とも今回の事件で知ってることを教えてくれない? 僕がさっと解決して、爺さんの仇をとってやろうかと思ってね」
今回殺された老小人は、いわゆる国の知恵袋であり、交通や都市計画から、前線の砦の設計などにも口を出すマルチな才能を持っていた。
ナッシュは仕事上そちらとも付き合いが深く、今回の事件には強い憤りと悔しさのようなものを覚えている。
軽い口調で二人に協力を持ち掛けているが、それは舐められまいとする若さによる強がりであり、別にふざけているわけではない。
「歩きながらね」
三人が出ていってしまうと、存在感の薄かった小人が二人、続いてヒューダイ。少し遅れて肌の焼けた鍛冶師のドワーフがその場を立ち去った。
「誰がやったんだかね」
二人きりになった会議室で、女ドワーフが立ち上がってアードベッグの方を見もせずに言葉を吐き捨てて立ち去った。アードベッグは腕を組んだまま目を伏せて、じっとテーブルを見つめていた。
ハルカが経緯を説明すると、アルベルトはにんまりと笑って「任せておけよ」と胸を叩いた。その仕草が先ほどのズブロクに少し似ていて、こうした素直なタイプは似たような反応をするのだなぁとハルカは笑った。
「カーミラも、お留守番でも大丈夫ですか?」
「そうね、昼間は寝て夜に起きるようにするわ。その方がみんな安心でしょ?」
「すみません、ありがとうございます」
「戦いになる前に俺たちのこと起こせよな!」
「そうね、その時は任せるわ」
張り切っているアルベルトが申し出ると、カーミラもにっこりと笑って受け入れる。時折訓練の相手をしろと強請るけれど、一応カーミラが戦いが好きでないことは知ってのことだ。
「カーミラ。いざとなれば、できる手段は全て使って身を守ってくださいね」
「……そうね。お姉様がいないのならそうしようかしら」
いないから羽目を外そうというわけではない。
カーミラにとってももはや共同体となった宿の仲間を守るために、労を惜しまないようにしようと決めただけだ。
アバデアからは「苦労を掛けるな」とわははと笑いながら言われたが、コリアは難しい顔をして、少し離れた場所でハルカが旅の準備をするのを見守っていた。
必要なものを荷物に詰め込んで、ハルカは黙っているコリアを見る。
性格的に大事になれば責任を感じていることは何も言わずともわかってしまう。
いざ出発という時に近付いてきたとき、ハルカはコリアが何かを言う前に自分から声をかけることにした。
「コリアさんくらい落ち着いている方が一緒にいてくれると安心です。皆をよろしくお願いします」
コリアは開きかけた口を閉じると、がりがりと頭をかいて答えた。
「さっさと帰ってきてくれよ。俺じゃあんたの仲間は手に負えねぇよ」
「コリアさん、そう言わずにお願いします。もうあなたの仲間でもあるんですから」
「……ああ、そうか。まぁ、うん……、そうだな。頑張るよ」
外まで見送りに来てくれた仲間たちを見て「それじゃあ、お願いします」と言ってエニシを横に歩き出したハルカは、少しだけ歩くと振り返ってアルベルトとレジーナに言う。
「訓練はほどほどにしてくださいね。怪我のないように」
「分かってるって」
同じことを聞くのはこれで四回目だ。
流石に雑な返事にもなってくる。
「大丈夫だから、ほら、行ってらっしゃい」
「頼みますね」
コリンに後押しされてまた少し進んで振り返ったハルカ。
あまりのしつこさに、ハルカがものを言う前にレジーナが眉をひそめて言った。
「さっさと行け!」
「あ、はい」
街の外へ向かって歩きながら、ハルカは幾度かため息をつく。
「心配性だの」
「あまりこういうことがないので、不安なんですよ」
「まぁまぁ、奴らも随分強いし何もないだろう。我はディセント王国の女王を拝むのが楽しみだ」
エニシに軽く背中を叩かれながら街の外までたどり着いたハルカは、大歓迎のナギの背中に乗って、急ぎ北へと向かうのであった。





