誰を信じる?
「だって普通に考えたらそうだろう? 犯行はおそらく日暮れ間近。よそ者が宿を抜け出したら、どうしたって目立つさ。僕の調べた限り、彼らを通りで目撃した者はいない。どうやら大人しく宿に籠っていたらしいからね」
「ナッシュ、推理の邪魔になりそうな情報を教えてあげよう。彼女は空を飛ぶこともできるそうだよ」
片目を閉じて得意げに語っていたにやけ面の小人――ナッシュに、アキニが冷静な突っ込みを入れる。あとで知られるよりはという考えからの発言であるが、ナッシュは頬をひきつらせて固まった。
「…………だとしてもだよ。残り三人のうち、あと一人でも賛成すればそれで終わりだったんだ。こんな事件を起こしても有利にならないのは少し考えればわかることさ」
ナッシュは物理的に不可能という話から目を逸らして、ハルカの事情について語り始めた。面目を潰しに来たアキニを不満そうに睨んでいるが、睨まれている本人はどこ吹く風である。
「でしたら、誰がこんな事件を?」
「さぁね。でもこんな殺人が起きれば、【ディセント王国】の女王と話をつけるって話はうやむやになるかもしれないよね。作戦に反対してたやつ、怪しいんじゃないかなぁ?」
ナッシュはそういって三角帽子の茶髭ドワーフに流し目を送ったが、その瞬間にがたんとズブロクが椅子を倒して立ち上がる。
「なるほど、ナッシュ、お前が犯人じゃな。こっちにこい、丁寧にゆっくり首を引っこ抜いてやる」
「違うってば! 違うからこんな推理を披露したんでしょ!」
ズブロクが腕まくりをすると、ナッシュはテーブルを叩いてそれを否定する。
「どうだか」
アキニが肩を竦めると、ナッシュも立ち上がって必死に否定する。
「どうしてそう僕を目の敵にするのさ! 他にも反対してた人が一人いるでしょうが! そもそも何か勘違いしてるけどね、僕は別に反対なんて一言も言ってないからね」
「嘘つけ」
肌の焼けているドワーフがぼそっと呟くと「噓じゃない!」とナッシュが両手でテーブルを叩く。
「僕が反対したのは、何も交換条件がなかったから! 国と直接取引ができるって言うのなら、別に反対する気なんかなかったね」
「でも賛成もしませんでしたよね……? あの場で賛成していれば多数決で議決できていたはずですが……」
「お、なんだヒューダイこのやろう、お前まで僕を責めるのか?」
「いえ、責めるというか……」
唯一自分よりも経歴の浅い十頭であるヒューダイに、ナッシュが下からガンをつけると、手を叩く音がして今度はそちらに注目が集まった。ドワーフの女性がため息をついて騒いでいるほかの十頭を睨む。
「くだらない犯人捜しはやめな。ったく、お客様の前で恥ずかしくないのかね。一応ナッシュ、それにアードベッグも候補ってことで、醜い言い争いは終わりにしな」
三角帽子をかぶったアードベッグは腕を組んだまま少し目を開けて女ドワーフを見やっただけで、すぐにまた目を閉じてしまう。
「だから僕は……!」
「これ以上しつこく喋るようだったらあんたが犯人だって思うことにするよ」
ナッシュはぐぬぬとこぶしを握ってから、どんと椅子に腰かける。
そしていつものにやけ面に戻って、懲りずに口を開いた。
「じゃ、この話はやめるよ。代わりに新たな提案だ。僕がそっちの冒険者の提案に賛成して、話をさっさと進めてもらう。殺人犯の目的が停滞なのだとしたら、これが最高の嫌がらせのはずさ! どう、これで僕の疑いは晴れたでしょ」
「一理あるね」
「疑いが晴れるかどうかは別じゃが、まぁ」
アキニが同意すると、続いてズブロクは腕をむき出しにしたまま、じろりとナッシュを睨む。
結果的には全ての目的が果たされることには違いない。
冷たいことを言ってしまえば、ハルカたちにとっては犯人捜しは関係のない話なのだ。目的はあくまでコリアたちを無事に故郷に挨拶させて、拠点まで連れて帰ることである。
そしてそのためには十頭の会議で、交換条件を承認させる必要がある。
まずナッシュが賛成に回ることで、自動的に賛成が過半数を超えて、交換条件が承認される。そうすればあとは、ハルカが【ディセント王国】まで赴き、現状をエリザヴェータに伝えて協力を得るという工程が必要なだけだ。
「それってコリアさんたちも連れていっていいんでしょうか?」
ハルカが尋ねると十頭の誰もがそれはちょっと難しいだろうという顔をしたが、最終的に口を開いたのはナッシュだった。どうやらナッシュは矢面に立つ係のようで、この場では完全に貧乏くじだ。
「無理でしょ。それは流石に条件が達成されてからだよ」
正直な話、十頭という国のトップの一角が殺されてしまっている以上、コリアたちだけをこの場に残して遠出するわけにはいかない。帰ってきたら人が減っていましたでは取り返しがつかないのだ。
ただ、これは【ロギュルカニス】という国自体を信用していないというようなものだから、はて、どうしたものかとハルカはいい淀んでしまう。
そんな時はコリンの出番だった。
「犯人の目的が今回の話をうやむやにしたいのなら、私たちが離れている間にコリアさんたちの暗殺を試みてもおかしくないと思うんですよ。そうなったらどう責任取るつもりなんですかー?」
コリンはストレートに危険性をぶちまけた。
こういった場で相手の立場を重んじる必要があるのは、対等な同盟関係になってからの話だ。何も達成しておらず、これからのことを交渉している状態で譲る姿勢を見せては付け込まれるだけである。
「もちろん警備は出す」
アキニの保証を貰ってもコリンはなお引かない。
「亡くなった十頭の方も、護衛くらいついていましたよね? それを突破して殺されているわけですから、相手にも手練れがいるんじゃないですか?」
言葉を直訳するのなら『信用ならないけど?』である。
「儂らが信用ならないと?」
「そうは言ってないですけどー」
ズブロクがむっとした表情で尋ねると、コリンはにこりと笑ってさらりとプレッシャーを躱す。
「そんなの強い冒険者らしいんだから、お前らが残って護衛したらいいだろ。あっちの女王との交渉は仲のいいそっちのダークエルフだけ行かせてさ。街の外にいる竜にでも乗っていけばひとっ飛びなんだろ?」
「……なるほど、それでもいいですね」
コリンはにっこりと笑ってナッシュの当たり前の提案を受け入れた。
そんなことは、少し頭が回るものならだれでも思いつくことだ。
交渉を邪魔したいものにとっては、思いついてくれないほうがいい提案だろうけれども。
「ちなみに、今日初めてお会いしたお二方は、今回の件についてどう思われているんですか?」
「今更反対する意味もないと思いますけどね」
「まぁ、少なからず交易の必要性は感じているからなぁ」
この間は見なかった小人族の男性二人は、突然振られた話に冷静に返事をする。
やや落ち着きがなくよく身を揺すったり、足を動かしたりしているけれど、元々が警戒心の強い小人族だ。前回不参加だったのも、他所の国から来た知らない人間と顔を合わせるのはちょっと怖いので、という理由であったらしい二人である。
他の十頭と比べると口数も少なく、あまり気が強そうにも見えなかった。
こうなるとダントツに怪しいのは先ほどからダンマリのアードベッグだ。
親方と信頼していたコリアたちからしても様子が少々変であるようだし、疑っておいても損はないだろう。
「じゃ、ちょっと相談します」
コリンがそう告げると、こそこそと三人とついでにエニシが顔を寄せて相談を開始する。
「モン君、変な人いた?」
「……噓とかはないですけど、仲が悪い人は多分いるです。ズブロクさんはヒューダイさんのことが、多分ドワーフの女の人はアードベッグさんのことが嫌いです。今日初めて見た二人は、ちょっと怖がってる感じするです。アキニさんとズブロクさん、それに鍛冶師のドワーフの人は信用していいと思うです。ヒューダイさんは……あまりしゃべらないからよくわからないです」
鍛冶師のドワーフというのは、時折ズブロクと言い争っている肌の焼けているドワーフのことだ。
誰も十頭になるだけあって、モンタナから見ても、あからさまに怪しい雰囲気は出していないようだ。
「どうする、ハルカ。私たち留守番して、ハルカだけ女王陛下に会ってくる?」
「警備、心配ないでしょうか?」
「……アキニさんとズブロクさんが敵にならないなら、何とかするです。解決まで待ってると、多分相手方も動かないですよ」
「私もそう思うんだよね。こうやって膠着状態になってるのも、殺人犯の思うつぼな気がする。いつかは解決するかもしれないし、最悪待てなくなれば約束なんて無視してみんな連れて帰っちゃえばいいけど、ハルカとしてはコリアさんたちが帰れる場所も残しておきたいんでしょ?」
「……そうですね」
全員を連れて出ていって、エリザヴェータと話して、結果だけを持って帰ってくるというやり方もある。ただしその場合は【ロギュルカニス】が交易を受け入れないという選択をした場合、ハルカはエリザヴェータに嘘を吐くことになるし、コリアたちも故郷へ帰るのは難しくなる。
穏便に話を進めるのなら、自分だけが王国へ行ってくるのが一番良い案のようにハルカには思えた。
「……残っての護衛、頼めますか?」
「うん、任せてよ」
「そですね、頑張るです」
力強い仲間の頷きに、ハルカは意を決する。
「我はハルカと一緒に行くぞ」
戦力外の少女からの意見も聞こえてきたので、ハルカはそれに頷いてから顔を上げると、十頭へ今後の方針を伝えるのであった。





