休息時間
帰っていったアキニの代わりに正面に座ったコリアは、真剣な表情で言う。
「ハルカさん、一応言っておくけど、しんどかったらいつでも帰っていいから。俺たちもここまで面倒なことになるとは思わなかったんだ」
「主の予定だとどんな流れになる予定だったんじゃ?」
アキニとの話ではだんまりを決め込んでいたエニシが尋ねる。
エニシは船の関係の話で盛り上がっていたおかげで、案外この【ロギュルカニス】出身の小人やドワーフたちとは仲がいい。
「なんだかんだ、結局は俺たちが国外に出ることくらい承認されると思っていたよ。多少会議が盛り上がったとしてもね。アードベッグ親方があそこまで反対するとは思わなかったし……、ああ、三角の帽子をかぶっていたドワーフのことね。昔は船乗りをしていて……、俺たちが頼りにしている人なんだ」
「まぁ、だからこそわしらの失敗が許せなかったのかもしれん。かつては海賊退治で名をはせた男じゃからな」
「ふむ、船乗りとな。やはり人相手というのは中々思ったようにいかぬものだな」
複雑な人間関係に思うところがあるのか、エニシは同情の視線をコリアへ向ける。
「しかしまぁ、ハルカがそれくらいで見捨てるとも思えぬが」
「そうですね。ごたつきそうなことだけは覚悟できていましたから」
これだけ物騒なことになっているのだ。
尻尾を巻いて逃げ出したりすれば、コリアたちは二度とこの地を踏むことができなくなるだろう。そんなだったら最初から挨拶にこなかった方がましである。
「……悪いな」
「うむ、これは事が済んだら馬車馬のように働かねばならんなぁ」
コリアが元気がないのは、今回の責任を改めて頼りにしていた親方であるアードベッグに厳しく指摘された、という部分もあるのだろう。アバデアは相変わらず元気にコリアの背中を叩き前を向いているようだが、全てが終わる前に、コリアとアードベッグの仲も改善できればいいと思うハルカであった。
それから一日遅れでやってきたズブロクが、アキニと同じような話をしにやってきたが、あまり冷静な状態ではないようだった。
ハルカたちのことは疑っていないものの、頭から湯気を立ち昇らせており「同じ十頭を殺すとは」とか「見つけたら首を引っこ抜く」だとか、矛盾したことを喚きながら「分かったことがあれば儂に教えろ!」と言って床を踏み鳴らし、嵐のように去っていった。
ちなみにドントルは「お前も手伝え!」と言って無理やり連れていかれてしまった。怒る老人には逆らえなかったらしく、ひきつった表情のまま連れていかれて実に哀れである。
冷静なアキニが先に来てくれて話せて良かったなぁと感じた瞬間である。
そうでなければ、状況がよくわからないまま次の十頭の会議に参加をするところだ。何せズブロクは感情のままに話すものだから、そこから読み取れる情報は『十頭が死んだこと』と、どうやら『ズブロクは同じ十頭がやったと疑っていること』くらいだったからだ。
もちろん事前情報があったからこそ質問をあまりしなかったというのもあるが、あれをなだめながら情報を引き出すのは苦労しそうだった。
ズブロクは、外へ出ていつも通りに魔法の訓練を始めたハルカの前を、その日のうちに二往復、翌日は実に六往復もしてぎょろりぎょろりと街に目を光らせていたが、おそらく証拠は商店街には落ちていない。
居ても立っても居られないというところなのだろう。
変わったことがあるとすれば、魔法の訓練をしているハルカの横に、ちょこんとエニシが座るようになったことだろう。寒いから中にいるように提案したのだが『他国の様子を見るのも学びだ』と言って厚着をして付き合っている。
街の小人やドワーフは、ダークエルフのハルカよりも、人のエニシの方に警戒心を強く持っているようで、初めのうちは前日よりも人の集まりが悪かった。
別に芸を見せて集客していたわけではないのでそれでいいのだが、はっきり言ってエニシは居心地が悪かったはずである。
それでもエニシはじっと街ゆく人を観察して、暗くなるころにハルカにぽつりと漏らした。
「ここは良い国じゃな」
「気に入りましたか?」
「うむ、日がな一日通りを眺めているだけで心が穏やかになる」
そう言う割にエニシの表情は浮かなかった。
【ロギュルカニス】の風景と、【神龍国朧】の風景を無意識のうちに比べてしまっているのだろう。
どう声をかけるべきか考えているうちに、エニシの表情は勝手に明るくなり、ハルカを見上げる。
「ふむ、我もハルカくらいこの国のものに集られたい。ということで明日の朝早くに菓子などを購入し、やってきた子供たちに配りたいのだがどうだろうか? 物で釣るくらいでないと、この国で人は好かれぬと思うのだ」
エニシは強い女性だ。
ずっと【神龍国朧】で戦ってきて、他所の地でも必死に生き、人と触れ合うことを諦めていない。
「なに、小遣いならため込んでおるからな。拠点の者どもも使う場所がないと、時折我におひねりをくれるのだ。使うのはここぞ」
「……そうですね、試してみましょうか」
盛り上がりながら宿へ戻るエニシに、ハルカは笑って頷いた。





