意志表明
ハルカが戻ってきて「すみません」と謝ると、アキニは庭の方を横目で見てから、「いや?」と言ってうっすらと笑った。
アキニの知っている数少ない特級冒険者は、もっと話の通じないものばかりだったが、このダークエルフのそれは随分と雰囲気が違う。理想を語る世間知らずのお嬢様みたいな雰囲気を持ちながらも、癖の強い仲間たちにはきちんと一目置かれている。
やばいタイプの特級冒険者であれば、会議の時点で他の十頭を牽制して何とかするつもりだったが、その必要がなさそうだと感じる程度には理性的でもあった。
だからこそ、おそらくは身内の雑な行動によって、余計な軋轢を作りたくない。
南方の生まれては消える小国からのちょっかいをたびたび撃退しているアキニだからこその判断であった。
好む好まないとに限らず、アキニはハルカ一行と敵対する気がない。
それは仮に、十頭殺人犯がハルカだったとしても同じことである。
見たことがないほどの大きな竜を従え、ズブロクが認めるほどの武芸者の仲間を連れ、火と水の魔法を自在にいくつも扱い、挙句空を飛ぶ特級冒険者。
ズブロクから聞いた話によれば、どうしたものか異様な怪力の持ち主でもあるらしい。ドントルという国境警備隊長は信頼のおける人物であると裏も取れたので、ラーヴァセルヴが認めたというのも事実であるとアキニは判断している。
そんなものは向こうに回せば国益を損なうだけだ。
特級冒険者の中でも頭が一つ抜けているタイプの化け物だ。
いわゆる手の届かない、正に災害規模の何かである。
南方の小国群くらいの国なら片手間で滅ぼせるような化け物が、本当にごく一握り、この世界に存在することをアキニは知っていた。
アキニはそれらが本気を出したときに、【ロギュルカニス】を壊滅させることも不可能ではないと考えている。国なんていうものは戦う力のない国民の一割でも殺されてしまえば、もはや戦いになどならないのだ。
幸いなことはそういった化け物の多くが、国を牛耳ったり、人の上に立ったりという欲望を持っていないことである。彼らは彼らなりの価値観をもって生きている。だからそれを侵害すべきではない。
アキニはハルカのそれがなんであるのか、おおよその見当をつけてきていた。
だからこそ、折角の申し出は受け入れて、気分良く帰ってもらうつもりだったのである。
今やってきたのはろくでもないことを考えている馬鹿の尻拭いのためでしかない。半年一年と前線の方へ顔を出していると、いつの間にやら十頭の顔ぶれが変わっていたり、街でよくわからない馬鹿が幅を利かせているのが〈フェルム=グラチア〉の面倒くさいところだった。
金回りがいい場所には悪党が泡のように生まれて消える。
ハルカがやってきたせいで、と捉えるか、おかげで、と捉えるかは別として、潜伏していた泡がぼこぼこと湧いて出てきたので、前線に戻る前にすべて潰しておくつもりだ。
そのためにも、とにかく目の前にいる人物にはあまり刺激を与えたくなかった。
「ハルカさんの仲間は皆同じ意見のようだからもう一度釈明しておくとね、私はあなたたちのことを疑っていない」
「ありがとうございます。私以外の犯人に心当たりがあるのですか?」
「少しばかり。捜査にも協力してもらえると助かる」
「そうですね…………できることでしたら」
曖昧な申し出にすぐ頷きかけたハルカだったが、コリンにつつかれる前に自ら停止して言葉を変える。自分だけならばともかく、仲間のことも考えるならば断るべきことだってある。
肘でつつく準備をしていたコリンと、後ろから手を伸ばしかけてたモンタナはアイコンタクトをして肩を竦めた。
「とにかく、私としては前々から、【ロギュルカニス】として交易をするのならば、一領主ではなく、国と国とで行うべきだと考えてきた。そうでないと周囲からは、まるで【ロギュルカニス】が【ディセント王国】の一領主と対等であるかのように考えられてしまうからな。他国に侮られる原因になりかねない。折角の機会なのだから、ハルカさんの申し出は何とかして実現したい」
「わかりました。亡くなった方はどんな方でしたか?」
ハルカは、おそらく巻き込まれて亡くなったであろう十頭の一人のことを尋ねる。
その人物が亡くなった原因の一端は自分にもある。
そんな気持ちからの問いかけであった。
「……賢い小人だったよ。国の行く末を担うには少しばかり清らかすぎる節はあったかな」
「立派な方だったのですね。犯人が見つかることを祈っています」
「ちょっと煙たがられてたけどね」
ふふっと軽く笑ってアキニは立ち上がる。
どうして化け物みたいな特級冒険者が、こうも普通の善人のような発想ばかりしてくるのか、と思っていたが、むしろ普通以上の善人であるのかと思い、それはそれで異常なのかもしれないと気づく。
もちろんアキニはハルカの言動が演技である可能性も疑っていたけれど。
「多分また十頭が集まる時に声をかけるかと」
「わかりました。…………表で魔法の訓練はしないほうがいいですか?」
「街の人が歓迎しているようなのでお好きに」
宿から出て行ったところで、コリンとモンタナが息を吐いた。
「どうしました?」
「んー、なんか曲者っぽかったからちょっと疲れたかもー」
「そですね。ずっと探りを入れてたです。……でも嘘も敵意もないです」
「真面目な人なんですねぇ」
ハルカの軽い感想に仲間たちは肩の力を抜いた。
力があるものというのは、案外これぐらいおおらかな方が周囲は楽なのかもしれない。





