お怒り
ハルカが話をしているのを見ると、ぽつりぽつりと人が寄ってくる。
エニシに続いて割とすぐにやってきたのはモンタナで、こちらも黙って椅子を引きずってきてハルカの近くに腰を下ろした。
訓練に付き合っていたコリンも、ふらっと庭から戻ってきたタイミングでハルカたちに気づいた。
「すみません、同席してもいいですか?」
「好きにするといい」
前の二人は許可もとらなかったけど、と思いながらアキニはコリンの申し出を受け入れる。いそいそと椅子を引きずって、やはりハルカ側に並んだコリンを見ながら、これはどこまで増えるのだろうなと、少し面白くなってきてしまったアキニである。
「どうせならば話を聞きたいものは全員集めたらいい。その方が後で説明の手間が省けよう」
「我が呼んでくる」
ぴょこっと立ち上がったエニシが、走って庭、部屋へ声をかけに行く。
「……ハルカ、なんか元気ない?」
「いえ、ちょっと困ったことになったなと」
「ふーん。何があったの?」
「それについては人が集まったら改めて私から話そう」
「……わかりました、お願いします」
コリンの視線がアキニの内心を探るように動く。
特級冒険者であるハルカがこのメンバーの中では最も強いはずなのに、なぜかそれを守ってやろう、みたいな意図を感じてアキニはおかしな一行だなと僅かに首をひねった。
待つこと数分、ずらりと横一列にハルカの仲間たちが並ぶ。
まだ眠たそうなカーミラと、訓練を切り上げてきたのが二人増え、周りにはドワーフや小人たちも集まってきた。つまり全員である。
「さて、初めから話すとしよう。今朝、街の郊外で十頭の一人が死んでいるのが見つかった。従者も含め犠牲者は六人。中には手練れも含まれていた。死因は溺死。焔海は近くにあるが、湖から這い上がって力尽きたにしては半端な位置だ。衣服は濡れておらず、頭髪だけが僅かに湿っていた。まるで頭部だけが水に包まれたかのように、だ」
アキニは素早く目を走らせてハルカの仲間たちの様子を観察する。
しかしそこには誰一人としてハルカに対する疑念を向ける者がいなかった。どう聞いても、ハルカの使っている魔法がこの六人を殺すのに適していると連想してしまうように話したというのにだ。
むしろ途中から何が言いたいか気付いたのか、察しのいいものたちの視線がアキニを責めるように厳しいものになっただけだった。
付き合いがそれほど長くないはずのドワーフたちでさえ、何が言いたいんだというような顔でアキニを見つめている。それほど、ハルカが十頭の一人を殺すというのは彼らにとって想像しにくいことなのである。
「ハルカさんは仲間からの信頼が厚いようだ。実に羨ましい。……当然私はこの事件の犯人がハルカさんではないと考えている。だからこそやってきた。ただ、ハルカさんは水の魔法も使えるし、何やら空も飛べるという。嫌疑をかけるものもいるだろうな」
「できると、やる、じゃ話は別じゃと思うがなぁ」
「付き合いがなきゃわかんないでしょ、そんなこと」
アバデアとコリアが話せば、ドワーフたちも好き勝手自分たちの想像を話し始める。アキニはそれらの意見に耳を傾けていたが、やがて正面から鼻を鳴らす音が聞こえた。
そしてレジーナが勝手に庭の方へ戻っていく。
これ以上聞く意味もないと判断してのことだった。
「くだんね、俺も訓練戻るわ」
「くだらないとは?」
「……お前らが起こした面倒ごとだろ。俺たちには関係ねぇよ、勝手に解決しろ」
「私はともかく、他のものはハルカさんを疑うぞ」
「ハルカがそんなことするわけねぇだろ、ふざけたこと言ったやつは全員ここに連れてこい。ぶん殴ってやる」
アルベルトは怒っていた。
酷い悪人を傷つける時でも、ただ害を与えるだけの小鬼や半魚人を殺す時ですら心を痛めるハルカが、自分の利益のために人を殺したと疑われていること自体が、我慢できないくらいにイラつくことだった。
「アル、ありがとうございます。でも疑われるのはもっともですし」
「うるせぇ、黙れ、もっともじゃねぇ」
怒りのあまり本人にまで八つ当たりだ。
「ハルカはそんなくだらないことしねぇだろうが。つーか、そんなことするぐらいなら最初から連れてきてねぇよ。そんなことするぐらいなら、はじめっから十頭全員ぶっ殺してる。ハルカが何のためにこの国に来たと思ってんだ。こいつらの故郷や家族に、無事を知らせてやりたいからだぞ。直接街まで行かず、筋を通してここに来たのは、こいつらと同じような目にあうやつが出ないようにするためだぞ。顔も名前も知らねぇような奴ぶっ殺して何の得があるんだ、ああ? 言ってみろよ、何が目的でそんなことしたってんだよ!」
「だから私は疑っていない」
「アル、アル、わかりましたから。私じゃないです、はい、私ではないですから、アルは訓練戻っていいですからね」
ずんずんと距離を縮めていこうとするアルベルトのことを掴んで止めているのはハルカだ。他の誰もが止めようとしないのだから仕方ない。
いつも止めてくれるコリンは涼しい顔をして何も言わない。
内心もっと言ってやれと思っているくらいだった。
「そんなみみっちいことするくらいならな! 最初っからお前らが話し合いしてる場所で暴れてるっつーんだよ!」
「はい、はい、アル、庭に行きましょうね」
「あ、こら、ハルカ! あいつにまだ文句言ってやるんだ!!」
「はいはい、レジーナと訓練しててくださいね。怪我のないようにお願いします」
「ハルカもたまには怒れ!!」
「アル、ありがとうございます」
「何がだよ!」
庭まで連れていかれたアルベルトがハルカを睨む。
今も笑っているハルカの気が知れなかった。
「アルが怒って、皆が私のことを少しも疑いもしないものですから……。さっきまでほんの少しだけ腹が立っていたのですが、気にならなくなってしまいました」
「…………ああ……、うん」
ハルカは久しぶりに手を伸ばして、アルベルトの髪をわさわさと撫でてやる。
「それよりも、捜査が必要ならば、亡くなってしまった十頭の方のためにも協力しようかなと思います。私たちが来なければその方だって亡くならなかったかもしれませんからね……」
「だから……!」
また訳の分からないことに責任を感じているハルカに抗議しようとしたアルベルトだが、わっさわっさと頭を撫でられて怒りも失せてくる。
アルベルトは目を逸らしてため息をついた。
「好きにしろよ……ったく」
「すみませんね、我慢させて」
ぽんぽんと頭を軽くたたいて戻っていくハルカの後姿を見たアルベルトは「ああ、もう」と呟いて先ほどまで撫でられていた頭をがりがりと掻くのであった。





