大道芸
待機の間仲間たちはいつも通りに手合わせしていたけれど、大規模な魔法が放てない都合上、ハルカは魔法の訓練でそこに混ざることは難しい。
代わりにと言っては何だが、ハルカはベンチに座って通りを眺めながら空に水球をいくつも浮かせてコントロール訓練をしていた。暇な時間はいつもやっていることで、もはや意識をしなくても簡単にできる。
ベンチは外でぼんやりと通りを見ているハルカのために、宿の主人が用意してくれたもので、ありがたく使わせてもらっている。
ハルカが魔法の訓練を始めると、興味を持った子供たちが寄ってくるので、ハルカも折角だから楽しませてあげようと、芋をかじりながら水球の軌道を変えてみたりとサービス精神を発揮していた。
ここ数日毎日のようにやっているので、いつの間にか子供たちだけではなく、大人たちも集まってきてハルカの魔法を眺めて手を叩くようになった。大人気である。
実は結構嬉しくて、調子に乗って火の玉を混ぜてみたところ、宿の主にやめてくださいと本気で怒られたので、今は水球だけで魔法を披露することにしている。
もしベテランの魔法使いがこの光景を見たら泡を吹いてひっくり返りそうなものだが、幸いなことに【ロギュルカニス】にはそれほど魔法使いがいないようである。ぎょっとした顔をして去っていくものは数名いたが、彼らが理解した以上にとんでもないことをしていることには気づいていないようだった。
小さな水球をぶつけ合わせて大きな一つの水球にしてやると、観衆から「おおー」とどよめきが上がる。ハルカはその大きな水球から、また一つずつ小さな水球を取り出して、頭の上でぐるんぐるんと縦回転をさせ始めた。
拍手が起こって、まだ芋が入っている袋に通貨が投げ入れられる。
ハルカは慌てて袋の先をねじって閉じて「見世物ではないので、お代は結構ですから」と断りを入れた。
そうこうしているうちにあとから来た子たちに「もっと見せて」と強請られたハルカは、まぁいいかと紙袋を抱えたまま、再び水球を空へ走らせる。
ふわりふわりと観衆の頭の上を飛ばしてやると、手を伸ばした人たちが「温かい」と言って驚いていた。
人が少ないときは間をすり抜けさせてやっていたのだが、一人体でぶつかりに行った子がいて冷たいと言って泣いてしまったのだ。反省したハルカは頭上に、温かい水球を飛ばすようにしている。
ハルカがそれなりに楽しい時間を過ごしていると、何やら観衆の後ろの方がざわついて、真ん中に道ができ始める。人々の間にできた道の先には、南の将軍と教えられた小人族の女性が立っていた。
彼女は相変わらず落ち着いた様子でゆっくりと人の間を歩いてハルカの前までやってきてぴたりと止まる。
座っているハルカを見上げるような形で、彼女は目を細めて言った。
彼女の目は時折左右に動いており、背後に浮かんでいる水球の位置を確認しているようだった。
「大事なお話があるのだけれど、時間、とってもらえるね?」
許可を取る形ではない。
時間をとれという要求であった。
「ええ、わかりました」
ハルカは水球をその場で消し去り立ち上がる。
「良かった」
ハルカは小人の女性を連れ添って宿の中へ入り、腰かけることを勧め、自分も対面に腰を下ろす。
宿をうろついていたエニシがそれに気づいたのか、そろっと近づいてきたが、小人の女性は気にする様子もなかった。
「急に訪ねたのに対応ありがとう」
「いえ、わざわざ訪ねていただいたので……」
「報告と、確認したいことが一つ……、ああ、そういえば、まだ名乗ってもいなかった。私の名はアキニ=エリース。【ロギュルカニス】南方の軍を預かっている十頭の一人だ」
「ご丁寧にありがとうございます」
「早速だけれど報告を」
無駄を嫌いそうな彼女は素早く本題に入る。
エニシの存在を許容しているということは、これから話すことはハルカたちの仲間に知られてもいいと思っているということだ。
「十頭の一人が、街に帰ってくる途中に殺された」
「……それは」
「陸で溺死していたと報告を受けている。護衛もすべてね」
先ほどまで水球の魔法を得意げに披露してたハルカはひやりとする。
「念のため確認しておきますが、犯人はあなたではないね?」
しかしアキニの口から出たのはハルカを詰問する言葉ではなかった。
むしろ、ハルカが犯人ではないことを確信しているかのような言い方だ。
「はい、もちろん。そんなことをする理由がありません」
「理由ならある。十頭が一人減れば、あなたの希望は自動的に通るのだから。まさか次の選出まで待っていただくわけにはいかないし」
アキニは口を開いて抗議しようとしたエニシに、小さな手のひらを突き出し牽制する。
「理由ならあるけれど、いくつかの理由から私はあなたが犯人ではないと確信している。ただし他の十頭がどう思うかは別の話だ。迂闊に魔法を披露したあなたも悪い。それを利用して陥れようとしている真犯人はより一層悪く、卑劣だが」
ぐうの音も出ないとはこのことだった。
良かれと思ってやっていたことが、これほどの面倒ごとにつながるとは思ってもみない。
「そもそも下調べしたところによれば、あなたはこの宿から離れていないと聞く。夜闇に紛れて空でも飛んでいかない限り、犯行は難しいだろう。となるとやはり……」
アキニが思考を次に移らせたところで、表情は涼やかなまま内心は冷や汗をかきまくっているハルカが正直に白状する。
「すみません、私空も飛べます」
アキニは顎に当てていた手を外して太ももの上に乗せると、ぎこちない動きでハルカの顔を見て言った。
「それは黙ってられなかったのかな?」
「すみません、黙っていられませんでした」
折角犯人候補から外してやったのに、わざわざその中に飛び込んでくる愚か者に、アキニはついつい本音をこぼす。体を小さくして謝罪するハルカを見て、こいつは犯人ではないだろうなと確信しながらも、面倒なことになりそうだとアキニは大きなため息をついた。





