状況整理
残りの十頭は外へ出ていたり、そもそも得体の知れない外部の強者に会いたくなかったりと、すぐに会議を再開できるような状態ではなかったらしい。一応ズブロクの紹介で宿をとったハルカたちは、あまり外をうろつかないようにという約束をさせられて退屈していた。
幸いなことにハルカたちだけで満室となった宿の主人は、買い物を頼めば出かけて買ってきてくれる。本当は自分で出かけて買って歩きたい欲があったのだが、そこまでわがままは言えない。
ハルカは買ってきてもらった石焼き芋を、宿の前の階段に腰かけてもさもさと食べていた。
やや繊維質が多いけれど、ねっとりとした十分な甘みは菓子にも匹敵するだろう。
街を行く人たちが白い息を吐きながら食べている姿を見ると、なんとなくの一体感を覚えることができる。もっと大きく姿かたちの違う破壊者たちとも仲良くなれたのだから、ドワーフや小人たちとも仲良くやっていけないものだろうかと考えるハルカである。
みんな仲良くなんていうのが難しいことは知っているけれど、未だ小市民の感覚が抜けきらないハルカとしては、争いごとなんてない方がいい。
今回の件の発端を手繰り寄せていくと、まず西方の三伯爵家が、今以上の力をつけようとしたところからなのだろう。その理由はわからない。人族を至上とする清高派による考えからなのか、私利私欲によるものなのか。
前者だとしたらドワーフや小人の国である【ロギュルカニス】と交易していることにも矛盾がある。せめて主義主張は一貫してほしいものである。
そこまで考えて、ふとハルカは別の可能性も思いついてしまう。
はたして船を襲ったのは本当に伯爵たちの手によるものであったか、だ。
利益を得ていたならばわざわざ交易にひびの入るようなことをするだろうか。
ハルカは少しそちらの考えを延長させてから、首を振ってその方面へ思考を断ち切った。
本来コリアたちがこの国へ戻ってくることは想定外だったはずだ。
当時はまだマグナス公爵が健在であり、エリザヴェータへの反乱が成功していれば、王国はマグナスのものになっていたはずである。そうなれば清高派の勢いは増し、おそらく【ロギュルカニス】との交易は不要なものとなっていたのだろう。
新造船の技術さえあれば、王国の東西の海から各地へ貿易船を走らせ、それ以上の成果を上げることもできるかもしれない。
結果マグナス公爵の野望が破綻したからこそ明るみに出てしまっただけの事件であって、そうでなければ別の結末が待っていた可能性が高い。
となるとやはり、伯爵たちの手によるものと考えるのが自然だろう。
ハルカから見たエリザヴェータという存在は、自分のことをやたらと評価してくれる姉弟子であると同時に、徹底した現実主義者でもある。自分の目的の前に立ちはだかる障壁は力ずくで何とかするタイプだ。
今回の件を伝えれば、また王国には戦争が起こるかもしれない。
エリザヴェータのことだから、国民の被害はできるだけ抑えるようにするだろうけれど、どうしたってゼロとはいかないだろう。
それに今回エリザヴェータを訪ねるのは、完全にハルカの方の独断だ。
招待されたわけでもなければ、依頼を受けてのことでもない。
もし自分が想定していない計画がエリザヴェータ周りで進められていたとしたら、勝手なことをしてと怒られるのではないかという不安もあった。
いくら精神的には年下であるとはいえ、あれだけしっかりした女王様に怒られるのは結構堪えそうだ。
美味しいものを食べているというのに、先々のことを考えるとため息が出る。
やはり規模の大きな交渉には向いていないなぁと痛感しながら、ハルカは通りを歩く人たちを眺めていた。
街は賑やかで、人も元気だ。
子供たちは興味本位でハルカに近寄ってこようとして親に連れ去られていく。
ハルカはこの街に来てからまだ、浮浪者を見ていない。
人の国ではどこへ行っても裏路地をのぞけば必ずそれらしい人たちがいたものだが、【ロギュルカニス】ではそんなことはないようだ。
土地が豊かで、技術力も高い。
帝国が欲するのも分かるような良い国である。
ただ一つ気になることがあるとすれば、十頭の中でも人族の代表であるヒューダイへの視線が厳しかったことであろうか。この街を歩くものの中にも、人族はほとんどいない。
さっきからずっと眺めているのに、ハルカが見たのは二人だけだ。
一人は嫌な顔をされながらも買い物を済ませて足早に立ち去り、そしてもう一人は今こちらに気づいて歩いてきているヒューダイであった。
ハルカは芋を咀嚼して呑み込むと、立ち上がって軽くローブに着いていた埃を払ってヒューダイがやってくるのを待つ。
「ここに泊まっていたんですね」
「ズブロクさんに紹介していただきました。ヒューダイさんはお仕事中ですか?」
「はい。交易でものを卸している店がいくつかあるので、現状を伏せつつ、状況がこれから変わるかもしれないと事前説明をしていました」
「……偉い方なのに直接現場に赴くのですね」
「そうでもしないと、ほら、【ロギュルカニス】では人の立場はあまりよくないですから」
ぽりぽりと頬を掻いたヒューダイだったが、すぐにハッとして訂正をする。
「でも、とてもいい国ですよ。努力を積み上げれば、こうして十頭にもなれるのですから」
「……そうですね。とてもご苦労されたのでしょう」
「はは、わかっていただけますか。ありがとうございます。さて、私はまだまだ店をまわらなければならないので、ご挨拶だけで失礼します」
「こちらこそ、お仕事を増やしてしまって申し訳ありません」
「あ、いえいえ。あのまま何も知らずに交易を続けていても、いつかは問題が起こったでしょうから。それでは、また」
頭を何度か下げながら立ち去っていくヒューダイは、次に訪れた店でも腰を低くして話をしているようだった。
立場を得ても偉そうにしないのは立派なことである。
「見習わないと」
ハルカはぽつりとつぶやいて、吹いてくる冷たい風に背中を押されながら宿の中に引っ込むのであった。





