お開き
「どっちにしても来てない奴にも確認しないといけないから」
「そうだな。後日もう一度足を運んでもらうことになる」
反対していた二人からの申し出により、今日のところの話し合いは解散することになった。悪あがきのようにも見えるが、元々十頭の決定は全員の可否によるものと決まっており、今回に限って言っているわけではない。
「はぁ、やだやだ。まるで僕が悪者みたいだ」
文句を言いながら立ち去っていくにやけ面の小人とは対照的に、三角帽子の茶髭ドワーフは静かだった。何か言いたいことがありそうな顔をしてコリアやアバデアの方を見ていたが、ぐっと口を真一文字に閉じたまま去っていった。
二人が立ち去ると、すぐに女ドワーフがやってきてハルカを見上げる。
「多くの商売人にとっちゃ、人との確執なんて過去のものさ。流石に陸続きの帝国と仲良くする気にはならないけれど、信頼できる相手なら歓迎だね。一つ気になることがあるとするならば……王国の女王は信頼に値する人物なのかい?」
「はい」
これに関してはハルカは迷いなく答えられる。
エリザヴェータは間違いなく傑物だ。
王国の種族的な確執を無くし、力を清高派から取り戻すべく、日夜戦っている。
少なくとも人族至上主義の清高派に手を貸していた伯爵たちと取引するより、エリザヴェータと手を取る方が【ロギュルカニス】には利があるはずだ。
「あんたの言葉は妙にまっすぐだね。もうちょっと交渉ってもんをした方がいいと思うが、力のあるものってのはこんなもんなのかもしれないね。じゃ、うまくいけばよろしく頼むよ」
ドワーフの女性はハルカの返事に満足してその場を立ち去った。
冒険者という身分の存在しない国である【ロギュルカニス】では、特級冒険者というのがどんな存在であるか知らないものも多い。ただし、外の情報を頻繁に共有している十頭ならば話は変わってくる。
彼らは特級冒険者を理解した上でハルカの態度を観察し、十分に交渉し得ると判断して話を進めていた。
いざ本当にうまくいかなくなれば【ロギュルカニス】には守り神のラーヴァセルヴがいる。ハルカたちが酷い暴れ方をすれば焔海の主が国を守ってくれるに違いないと信じていた。
あの竜と【ロギュルカニス】の付き合いは千年を超える長い付き合いなのだから。
ドワーフの女性もまた、内心では何事もなくてよかったと安堵しての帰宅であった。
「ラーヴァセルヴ様と話したというのは本当だな」
「……はい。焔海の上を飛ぶ許可をいただき、暇なときに遊びに来いと言われました」
「なら否やはない」
短く言葉を交わした肌の焼けたドワーフは、どすどすとその場を立ち去っていく。
「かっこつけやがって」
「仲が悪いんですか?」
「この間部下の武器作るの後回しにしやがったから喧嘩してるんじゃ。鍛冶師の奴らは何でもかんでもラーヴァセルヴ様が云々言いやがって頭がかたいんじゃ。今回の件だってドントルの話を聞いてコロッと意見を変えたに違いない」
「なるほど……」
ハルカたちは知らぬ間に随分とラーヴァセルヴの恩恵を受けていたようだ。
そのうちお礼に伺わなければと考えている間に、今度は唯一の人族である男性がやってくる。
ドワーフや小人たちと並んでいるとひょろっと背が高く見えたが、いざ立ち上がって歩いてくると、中肉中背の特に目立つところのない男性であった。
「交易の担当をしております、ヒューダイと申します。……ここだけの話、フリーゲルト伯爵も、ヴィダル伯爵も、サクレ伯爵も、異種族に隔意を持っていらっしゃるようでして、交渉がやり難かったのです。それでも互いに利があるからこそ続いている交易でした」
後半は声量を抑えての発言であったが、この場には耳のよいものも多くいる。
当然近くにいるズブロクやコリン、モンタナには聞こえているので、あまり声を抑える意味はなかった。
「この国は、人族があまり住んでいないと聞きました。ヒューダイさんはよく十頭になれましたね」
「人族は人族で固まって暮らしています。この国で暮らす人族にとって、誰か一人でも十頭に入るというのは悲願だったのですよ。随分と後押しをしてもらいました。……とはいえ、立場はそれほど良くありませんが」
「下んねぇ話してないでさっさと帰れ」
ズブロクが言うと、ヒューダイは「はは」と困ったように笑って頭を下げ「それでは」と言って立ち去った。
「ズブロクさんは人が嫌いですか?」
「たまに攻めてきやがるから外の奴らは嫌いじゃな。……あいつは腹の底が読めんから個人的に嫌いなだけじゃ」
「穏やかな良い方に見えましたが……」
「……どうかなー」
ハルカの言葉にコリンがぽつりと異を唱える。
何か思うところがあるのだろうかとそちらを見ると、コリンは何かを考えているようであった。
「ただ穏やかな人が、清高派の人たちなんかとうまく交渉できるとは思えないんだよねー。モン君はどう思う?」
「……嘘は、ついてないです」
「んー、じゃあ考え過ぎかなー?」
「結局、こちらの意見に賛成してくれているわけですからね。でも気になるというのであれば覚えておきましょう」
ハルカたちが話し合っていると、まだ目をつぶって座っていた小人族の女性が立ち上がり、すたすたとハルカたちの方へ歩いてくる。立ち上がった姿を見ると、腰に短い剣を携えていることが分かった。
「結果的に有意義な時間になった。ではまた次の会合で」
最後まですべての話に耳を傾けていたその小人は、さらっと横を通り抜けて、扉のあたりで振り返ってアルベルトを眺める。
「先ほど剣の手入れをしていたけれど、ズブロク将軍と手合わせでも?」
「まぁな、負けたけど」
ずっと冷たい印象を与えていた表情が微笑に変わる。
「そうですか、大変よろしい」
「なにがだよ」
「いえ、別に」
小人の女性は意味深げなことを呟いてそのまま立ち去っていた。
片手の人差し指が短剣の柄頭を叩いていたのが印象的であった。
「おいガキども」
「なんだよ」
ズブロクの声掛けに返事をしたのはアルベルトだけだったが、モンタナやレジーナも耳だけは傾ける。
「機会がありゃアキニにも相手してもらえ」
「誰だよそいつ」
「さっきの小人族の女だ。北の将軍は儂、南の将軍はあいつじゃ」
「まじかよ、わかんなかった」
なんとなく強者の気配を察するのが上手いアルベルトたちが完全にスルーしてしまったのは、エリースが実力を隠せるほどの実力者ということだろう。
強いのにそれを表に出さないものは珍しい。
「楽しみだな、な!」
「うるせぇ」
アルベルトに同意を求められたレジーナはつれない返事をしながらも、その口角は好戦的に持ち上げられていた。
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