交渉のやり方
「一応十頭としての意見をまとめておかない? 彼らを国外の得体のしれない集団に預けていいものか。僕は反対だね」
にやけ面の小人が言うと、十頭はばらばらと手を上げて「反対」と繰り返す。
悩みつつも反対したものもいたが、最後に残されたズブロクが何かを言う前に四人の反対が決まってしまった。ズブロクをのぞくうち、まだ声を上げていないのは、肌の焼けたドワーフと、ずっと押し黙っている小人の二人である。
「おい、こいつら連れてって何するんじゃ」
ズブロクが意思表示をする前にハルカに尋ねる。
大事な場面であった。半数を超える反対意見があれば国の方針として反対が決まってしまう。
「港にできる場所にあてがあります。そこで船を作ってもらうつもりです。【神龍国朧】や他の島国との伝手があります。そちらとの交易をすることもあるでしょう。構えている拠点とは別に、半島をぐるりと回った場所に拠点を持っています。拠点間の荷物や人の移動にも手を貸してもらえます。少なくとも仕事に困ることはないでしょう」
「船などなくとも、でかい竜で事が足るじゃろうが」
「ナギは私たちと共に各地へ移動します。対して船であれば一度ルートを確定すれば安定した移動や交易をすることができます」
コリアたちにだって未来がある。
腕を振るう場所が欲しい。
責任というのならば確かにその一端はあるのかもしれないが、誰が悪いかと言えば襲ったやつが圧倒的に悪いのだ。
折角生き残ったコリアたちが一生を棒に振るのは間違っている、というのがハルカの考えである。一生懸命に訴えている途中、背中をコリンにツンツンとつつかれていたハルカは、きりのいいところで振り返る。
しかし無言でいた小人はハルカの話を聞いている途中にため息をついて、「反対」とはっきり声を上げた。
振り返ったハルカに、コリンはあちゃーという顔をして額を押さえた。
ハルカもコリンにだけ情けない顔を見せ、話の流れを聞こうとひとまず前を向いた。
これで五人。
出席していない十頭が三人いて三人ともが賛成を唱えるとは考えにくい。
「おい、なぜ反対を待った」
肌の焼けたドワーフが涼しい顔をしてまた黙り込んだ小人に問いかける。
「彼女から何か有益な意見が出てくるかと思いましたが、どうやらこちらに利を示す気がないようでしたので」
「なるほどな、では」
こうした大きな交渉の場において一方的にこちらのカードをひけらかしていいことなど滅多にない。どうやって相手の利益を示すかが最も大事な時に、ハルカが説いたのはコリアたちの未来であった。
これが通じるのはコリアたちのことを大事に思っている相手くらいなものだ。
肌の焼けたドワーフがじろりとハルカを睨みつけて審判を下す。
これで交渉は決裂。そうなれば取れる手段は限られてきてしまう。
「不器用な奴め、儂は賛成!」
「儂は賛成じゃ」
二人の言葉がかぶった。
先に言ったのはズブロクで、ほぼ同時に同じことを言ったのが肌の焼けたドワーフである。
「真似すんな爺」
「引っ込んでろ爺」
「爺同士仲良くしろよ、大人げねぇな」
「「黙れクソガキ!」」
剣の手入れが終わったアルベルトが口を挟むと両サイドから叱責されて、アルベルトは思わず耳を塞いだ。
「そんな大声ださなくても聞こえんだよ!」
「うるせぇ!!」
アルベルトが言い返すと、今度は眠っていたレジーナが文句を言って、歩いていったコリンがアルベルトの頭をはたいた。
「すみません、続けてください」
「大声出すなら出てってもらいたいね」
にやけ面の小人が言うと、ズブロクと肌の焼けたドワーフがじろりとそちらを睨む。
「ああ、もう、めんどくさいな。それで? 五対二だけど、結果は持ち越しってこと? そんなことしたって意味がないと思うけどね」
「待ってください」
「何、まだ話があるの?」
「あります」
まだ結果が決まったわけでないなら、ハルカにはできることがある。
「【ロギュルカニス】が貿易をしていたのは【ディセント王国】ですか? それとも、その西方の伯爵領ですか?」
「……伯爵領じゃ。今回の件もそうじゃろうな」
ハルカの記憶によれば王国西部にある貿易によって栄えていた伯爵領は、マグナス公爵の派閥、清高派であったはずだ。エリザヴェータが機を窺って力を削ぎたいと考えている勢力のはずである。
「【ロギュルカニス】としては、今回の件を黙って見過ごすのは気に食わない。しかし、表立って戦って利益を損なうのも困る。そういう認識で間違いありませんか?」
「意外とわかってるじゃないか、それで?」
ドワーフの女性が身を乗り出した。
ハルカの言葉に興味を持った証拠だ。
「私は【ディセント王国】のエリザヴェータ陛下と縁があります」
「縁ねぇ、どれほどのものかによるんじゃない?」
「……師匠を同じくし、妹弟子としてかわいがっていただいております。冒険者として戦に貢献し、結果【独立商業都市国家プレイヌ】まで直接出向いて報奨をいただいたこともあります。王国内に爵位と土地をいただく話もありましたがお断りしました」
ものすごく言うのが嫌だったハルカだったが、これまでのことを対外的にわかりやすく並べ立てるのならばこんなものだ。今は、信頼を得るために恥を捨てる時だった。
「私が出向いてお話をすれば、非道を行った交易相手に罰を与えることができるかもしれません。そして、その後王国と規模を大きくした交易も十分にあり得るかと」
「交渉に行ってやるから、こいつらをよこせと?」
「はい」
「乗った。前言撤回、賛成だよ」
女ドワーフがニカッと笑った。
商売を営むものとしてまったくもって良い話だった。
「では、私も賛成を。交易全般は私が担っていますので、相手が大きくなるのは願ったりかなったりで」
唯一の人である男性も意見をひるがえすと、にやけ面の小人と茶髭の三角帽子ドワーフが渋い顔をする。
「そういう話ならば私も賛成。初めからそう話せばいい。あなたの周りにいる者が妙に堂々としているから、何かあるのではないかと思っていたよ」
最後に寡黙な小人族の女性が、目を伏せたまま手を伏せて立場をひるがえした。
周りが妙に堂々としていたのは、いざとなれば暴れちゃおうかなって考えていたからであり、別に良い策があったわけではない。
正直危ないところであったが、これで賛成が五人、反対が二人。
いつの間にやら立場は逆転したのであった。





