よそもの
「〈マグナム=オプス〉へ戻ったら、命を落とした船員の家族へ、俺が直接事実を伝えに行きます」
「そうかよ。その辺に関しちゃ街へ戻る前に話をした方が良さそうだな」
緊張しながら答えたコリアに対して、茶髭のドワーフは三角帽を目深にかぶって腕を組んだ。とても納得しているような風ではないが、だからといって怒っているのでもなさそうだった。
「いつもだったら戦争だって騒ぎ出しそうなもんだけど、今の話を聞いてズブロク将軍はどう思うんかね」
ドワーフの女性は頬杖を突いたまま、探りを入れるように尋ねた。
彼女は国の商業組合の代表者だ。戦争だ国交断絶だとなると困る商売人が山ほどいることを知っている。積極的に交流を断ちたいとは思っていない。
もちろん、このまま静観というわけにもいかないと考えているが。
「儂を猪かなんかだと思っとるのか? 王国がどれだけ遠いと思っておる。まずは軍備を整えて船を増産からじゃな」
他の十頭が呆れた顔をすると、代表してにやけ面の小人族が口を開いた。
「前言撤回。ズブロク爺さんは宗旨替えしてなかったみたいだね」
「こやつは斧に脳みそつまっとるんじゃ。殴り合うことしか能がない」
「小舟なら貸してやるから、その自慢の両腕で漕いでいけ」
続いて肌が焼けたドワーフ、更に三角帽の茶髭ドワーフがズブロクを罵った。
「ふん、腰の引けたお前らよりまだこいつらの方が話が分かるわい」
ズブロクが剣を研いでいるアルベルトの方を親指で示すと、たった一人の人族の十頭が苦笑した。
「随分とお気に入りですね」
「人にしちゃあ気持ちいい奴らじゃ。儂に堂々と勝負を挑んできおった」
「……そういえば当たり前のように会議に参加してるけど、あんたらは何なの? うちの国民を送ってきてくれただけだよね? 帰れば?」
ストレートに言葉を伝えてくるのはいつも最初に口火を切る小人族の男性である。
常に口元が少しにやけているから、どうにもハルカは性格があまりよろしくないような印象を受けてしまっているが、もっともな指摘ではある。
「それについては俺から」
背後で胡坐をかいていたドントルが手を上げて立ち上がる。
「俺は北部国境警備隊隊長のドントル。彼女らは【独立商業都市国家プレイヌ】の冒険者宿〈竜の庭〉の面々だ。竜に乗ってやってきて、そして俺は彼女がラーヴァセルヴ様と会話しているところを目にした」
ズブロク以外の面々が動揺を見せる中、ドントルは堂々と続ける。
「その証拠に外に控えている竜は、焔海の上を飛びここまでやってきた」
「……そりゃあ大したもんかもしれんが、ここにいる理由にはならないね」
十頭の女性に言われてもドントルは怯まない。
「彼女らは心真っすぐな人たちだ。送ってきたコリアたちとは数カ月の時間を共に過ごしてきた。そして、彼らの身を案じている」
「国に帰ってきたってのに、何を心配するっていうわけ? ああ、折角だから君じゃなくて、そっちのだんまりのダークエルフのお姉さんから話を聞こうかな」
突然話を振られたハルカは、十頭の顔を端から順番に見る。
ここに来るまでに、利益のためにコリアたちを消す者がいるんじゃないかと話したことがあった。この中にそんな人物が本当に存在するのか、改めて表情を観察したのだ。
ただ、真っ正直にそれを述べるわけにはいかない。
「紹介にあずかった通り、特級冒険者のハルカ=ヤマギシと申します。このような場に同席させていただくような立場でないことは重々承知しております。退席するように仰るのであれば今すぐにでも。ただ、一つお尋ねしたいことがあります。そちらの帽子をかぶった方は、きっと船関係の方ですよね?」
「そうじゃが」
今までの話し方と、いかにも船乗りがかぶっていそうな帽子からの判断だったが、どうやらあたっていたらしく、ハルカは胸をなでおろした。もちろん態度には出さないように気を付けて。
気を付けるあまり目が細くなり、威圧しているような印象を与えてしまって、茶髭のドワーフは身構えてしまったけれど、その辺りは計算外だ。
「正直にお答えいただきたいのですが、コリアさんがまた船乗りとして生きていける道はこの国にありますか?」
「限りなく低い」
考えることもなくズバリと答えたこのドワーフは、正直者なのだろう。
「彼らが望むのであれば、私は彼らを私たちの仲間として迎え入れたいと考えています。船と港を用意し、船乗りとして」
「承服しかねる。他国に技術をとられたばかりだぞ。貴様らにもそれを分け与えろと?」
十頭から一斉に厳しい視線を向けられる。
ただズブロクだけは、興味深げに髭を擦っていたけれど。
話の流れからしてそうなるような気はしていた。
ハルカも拒否されることを覚悟して、初めから交渉に臨んだのだ。
喧嘩をしに来たわけではないけれど、コリアたちが身を預けることを考えてくれた以上、適当に誤魔化さず守ってあげるのが自分の仕事であるとハルカは考えている。
そうでなければ、コリアたちが大手を振って里帰りをすることができなくなってしまうからだ。
「ではあなたは、この国は、コリアさんたちがこれから船乗りとして生きていける道を示せますか?」
「答えた通りだ。それでもこ奴らは【ロギュルカニス】の国民だ」
「この国では自由に他国へ出ていくことを禁じているのですか?」
「特に重要な情報を握っているものに関してはそうだ」
「なるほど。……では余計に、長く外の国に滞在した彼らの立場は微妙なものになるのではありませんか?」
ハルカの質問には誰も答えない。
その沈黙が何よりの答えであった。





