十頭共
ズブロクについて入った建物は、国のトップが会談する場所にしては一見質素なつくりであった。
しかしよく観察してみれば建材の細部に人の手による模様が刻まれており、何やら絵巻のようにストーリーが繰り広げられている。火を噴く山や巨大な手足と鱗の生えたナマズのような生き物が描かれていることから、焔海とラーヴァセルヴ関係の物語なのであろうと推測できる。
足を止めてじっくりと見てみたい衝動にかられたハルカだったが、見慣れているズブロクがさっさと中へ入ってしまったため、そういうわけにはいかなかった。
細かな部分で手が込んでいるのは壁だけではなく、磨き上げられた重厚な扉や、ドアノブ。それに部屋に入ってからの円卓や椅子の背もたれ等、どこを見ても職人の技術が光る一品ばかりが使われていることがわかる。
実に質実剛健なドワーフと、手先が器用な小人が住む国らしい会議の場であった。
「随分と人を連れているようだが、宗旨変えしたか、ズブロクじいさん」
「やかましい、こいつらは特例じゃ」
ズブロクの宣言ににやにやとからかうように言ってきた小人族の男が目を見開いた。よっぽど珍しいことのようである。
「そんなことより外の竜を何とかしておくれよ。息巻いて討伐しに行ったかと思ったら、一緒にこんな近くまで帰ってきて。何のための兵士かね」
頑張っても十代半ばにしか見えない小柄な少女、ではなく、十頭の一人であるドワーフの成人女性が文句を言う。
「臆病者は怖がらせておけ」
「この糞爺!」
ドワーフの女性がグーで円卓を力いっぱい殴ったが、円卓はびくともしなかった。
血気盛んなものたちの会議の場に置くために設えたものだ。当然非常に丈夫に作られている。
「そうだぞ糞爺。いきなり話があるから街の外まで来いとか言いやがって。行くわけねぇだろ。斧に脳みそ入ってんじゃねぇのか?」
「てめぇの方が爺だろうが! ぶった切って火にくべる薪にしてやろうか!」
特に日焼けの強いドワーフの男が言えば、ズブロクも円卓を殴りつけて反論した。
流石に地響きと共に円卓がいい音を立てたが、それでも壊れないのは流石である。
というか、全体的に攻撃的すぎて、ハルカにはちょっと居心地が悪すぎる空間だった。
アルベルトはいつもの話し合いの場よりもずいぶんと楽しそうだが。
「まぁまぁ、皆さん。私はとりあえず事情が知りたいですよ」
「お、いい機会だからってズブロクに媚び売る寸法だな?」
「仕切るなガキが!」
「人風情が、叩いて伸ばしてやろうか!」
「黙っとれ青二才!」
この中ではひょろっと背の高いたれ目のおじさんが、発言した瞬間に袋叩きにされる。何も間違ったことを言っていないのに本当に哀れだが、おじさんは「今日も元気だなぁ」と笑って受け流している。
大した人物である。
「下んねぇこと言ってないでさっさと始めやがれ。こちとら死んだと思ったうちのを久々に見れて、何がどうなってんだか気になってしょうがねぇんだ。これ以上邪魔するやつぁ、頭蓋かちわって中身引きずり出してやるぞ!」
つばの折り曲げられた三角帽子をかぶったドワーフが、両手で円卓を殴りつける。
眉から髭からほとんどがつながって顔中毛だらけのドワーフで、その中から碧い眼光だけが覗いている。
今口を開いたものに加えて、ずっと黙ってハルカたちの方を観察している小人族の女性を加えた七名が、今集まっている十頭のメンバーの全てだ。
急な召集で半分以上この場にいるのだから十分と言えるだろう。
「よい、生きててよかったぜ。話聞かせろや」
鋭い視線を向けて凄んできた茶髭のドワーフの仕切りで、ようやく話が始まろうとしていた。
一先ず発言の多いものから円卓に着くように座り、他は周囲で待機する形となった。十頭以外だと、ハルカ、コリン、アバデア、コリアが席についている形だ。モンタナは一応ハルカの斜め後ろに控えており、エニシも興味があるのか反対側に立っている。
アルベルトは武器の手入れ、カーミラとレジーナは座って壁に寄りかかってお昼寝をはじめてしまった。昼夜逆転しているカーミラはともかく、レジーナは本当にただ寛いでいるだけである。
重要人物がこれだけいる場所で、武器を出しても誰も注意しないのは、十頭もそれぞれすぐ後ろに護衛のようなものを連れているからだ。
そんな中、コリアは語る。
漂流者のこと、船を奪われたこと、どうも交易相手の差し金でありそうなこと。
そして景色も分からぬまま別の地へ送られ、長いこと過酷な環境で穴を掘り続けたこと。
仲間たちが死にいく中、何とか命をつないでいたらハルカたちが助けに来たこと。
王国の大まかな事情。
そしてここへ送ってもらったこと。
「これが俺の体験した全てだ。判断は任せたい。最後に、俺の判断のせいで船員の命を失わせたこと、新型船を失ったことを謝罪する。本当に申し訳ありません」
話が始まってしまえば、あれだけ言い争っていた十頭たちは黙って内容に耳を澄ませていた。
誰かと相談するでもなく、腕を組んで考えをまとめているだろう状況で、茶髭のドワーフが円卓に両腕をのせて言う。
「で、どう責任取るんだ」
労いの言葉もなかった。
ただその碧い瞳は、責めるでも怒るでもなく、じっとコリアのことを見つめていた。





