〈フェルム=グラチア〉の暮らし
訓練の反省会をしているうちに、ちらほらと街へと散っていった兵士たちが戻ってくる。
時間をとってくれる十頭の全てが、外ではなく街の中にある議会で待つと伝言をして、ハルカたちのいる場所には姿を現さなかった。いくらズブロクの使いからの話とはいえども、丸っとすべてを信じるわけにはいかない。
そんなことをして、もしこの誘いがのこのこと現れた十頭を殺すための罠だったら、【ロギュルカニス】はお終いである。
ズブロクは「意気地なしどもめ」と罵っていたが、実のところ酷く真っ当な判断であるといえよう。
そうなるとナギは当然街の中に入れないのでお留守番である。
そうなるのだろうと予測がついたのか、ナギは事前に首を伸ばして街中を覗き込んで、道の狭さや、歩ける場所の少なさを確認していた。
だからハルカたちにいい子でお留守番をしているようにお願いされると、素直にぺったりと地面に伏せて諦めモードに入っている。
「大人しいな」
「卵の頃から一緒にいるので」
「なるほどな、飼い主に似たか」
ズブロクは鼻からため息を吐いたナギを見て言ってから、きびきびと兵士たちに指示を出していく。この場に残るもの、通常の休みに戻るもの、それからズブロクと共にハルカたちを案内するものに分けると、兵士たちは気合いの入った返事をしてそれぞれ散っていく。
普段変事が少ないからこそ、訓練の成果を出そうと、今日の活動には気合いが入っていた。
「好し、ついてこい!」
満足げに兵士たちの動きを見守って、ズブロクはハルカたちにも指示を出す。
ズブロクと一緒にいるお陰で、街の門をくぐるハルカたちを止める者はいなかった。
門をくぐると、広場にはドワーフと小人たちが集まっている。
これほどの数の異種族を見たことがなかったエニシは「すごいな」と、ハルカにぴったりとくっついたまま呟く。反対サイドにはカーミラがいて、二人ともいざとなればハルカに守ってもらおうという魂胆である。
事情が伝わっていないからか、【ロギュルカニス】の住人からの視線はそれほど好意的ではない。彼らの歴史を考えれば、人族なんて恩知らずの侵略者であるから仕方のないことだろう。
アバデアやコリアは外の国と交流を持っていたからこそ、あの程度で済んでいたがここ〈フェルム=グラチア〉に暮らす住民たちはそうではない。
ほとんど初めて出会うであろう他国の住人に怯えている節すらあった。
こんなことは想定済みであったから、ハルカはそれほどショックを受けていない。
一人の冒険者として、俯かずに街の様子を観察することを優先していた。
あちこちに昇る煙は、モンタナの故郷〈グリヴォイ〉の街と似ている。
あそこは鍛冶の街であったが、それはドワーフがたくさん移り住んでいるからだ。
焔海に浮かぶ山からの恵みがたくさんあるこの地では、〈グリヴォイ〉以上に鍛冶が盛んであろうことが想像できた。
しばらく立ち上る煙に気をとられていたハルカだったが、やがて大通りに出る店から漂う甘い香りに気が付き視線を落とす。
発生源は石の上に並べられた紫色の皮をした芋。
石焼き芋だ。
ハルカが歩きながらもその店に目が釘付けになっていると、コリンが背中をつついて言う。
「後でね、後で」
「ええ、そうですね、後で」
後でうろつけるかは別だが、このまま食べずに帰ることになれば、きっとハルカは納得はすれども残念な顔をすることだろう。どこかで食べさせてやらなきゃなと思うコリンである。
街は芋の他にも野菜の販売などが盛んなようで、しっかりと栄えた首都なのだなということがわかる。家の大半は焼いたレンガを重ねることで作られており、隙間に木材が挟まって補強されている。
「お、なんだ」
地面が小さく、それからゆらゆらと揺さぶられているのに気づいたアルベルトが声をあげる。
「地震ですね」
おそらくラーヴァセルヴが住んでいる火山が活動して小さな揺れを起こしているのだろう。家はびくともしていないし、ハルカたちを観察している街の人たちも、一瞬「お?」という表情をしたくらいで、動揺してるものは誰一人としていなかった。
この辺りでは日常茶飯事なのだろう。
〈フェルム=グラチア〉の住人は、地震や水の恵みを当然のものと思い暮らしているが、もしラーヴァセルヴが住んでいなかったら、ここはとても人の住めないような地であった可能性が高い。
そう考えると真竜の役目というのは、これまで想像してきた以上に大きなものであるのかもしれない。
「そういえばハルカたちの拠点では、それほど地震は起こらぬな。【神龍国朧】では、それなりに多かった」
「火山も多いんですか?」
「うむ、そういう意味ではここと似ておるかもしれぬ」
もしかすると神龍と呼ばれている竜も、ラーヴァセルヴ同様火山の制御でもしているのかもしれない。
折角だから神龍のことを何か知らないか、ラーヴァセルヴに聞いておけばよかったなと思いながら、湖に浮かぶ火山を眺めるハルカであった。





