大体好し
アルベルトの一撃を見たというのに、レジーナの動きは、少なくともハルカから見るとあまり変わらなく見えた。しかし、レジーナは最初の一撃を耐えた。金属がこすれ合うつばぜり合いから、先にレジーナが飛びずさり、すぐに攻め手を再開する。
受けて立ったズブロクは的確にレジーナの攻撃を捌き続ける。
息を止めて続いた連打はやがて終わりが来て、最後の最後に苦し紛れの前蹴りを放った。それで距離を取るつもりだったのだろうが「フンっ」と気合を入れたズブロクが、戦斧の腹で迎え撃ち空をむいて吹っ飛ばされる。
何回転かして見事に両足で着地したレジーナだったが、ぎりぎりと歯をこすり合わせてから、ちっ、と舌打ちをして武器を収めた。
もしズブロクが足を刃の部分で迎え撃っていれば、その場で決着だったはずだ。
それは手合わせをしている本人が一番よく理解している。
入れ替わりで剣を抜いたのはモンタナだ。
「お、お前もか」
ズブロクは意外そうな顔をしたが、すぐに「好し、来い!」と肩に戦斧を担いだ。
短剣を右手に、鞘を左手に握ったままモンタナは走りだす。
右下から左上へ、独楽のように回転しながら繰り出されるズブロクの一撃を、潜り込んで躱し、足元を鞘で払いに行く。
それを飛びあがって躱したズブロクは、回転の勢いのまま、今度は軌道を変えて右上から左下へ戦斧を叩きつけた。
その刃が地面を叩いた瞬間、土と小石が爆ぜ散る。
「おっと……」
思わず障壁を出して防いだハルカだったが、近くにいたモンタナはもろに食らって体が浮き上がってしまっていた。モンタナは体勢を崩しながらも右手の剣を突き出す。
命をとらないように繰り出された不可視の刃だったが、モンタナはそれでも耳程度は削ってやるつもりだった。しかし、ズブロクは絶対に届かない射程からの不可思議な行動を警戒した、身をよじってそれを躱してみせた。
同時に両手でもって突きだされた斧頭が、モンタナの腹に鈍い衝撃を与える。
息を強制的に吐き出させられたモンタナの体が、鞠のように跳ね飛んだ。
酸素が欠乏しながらも、一転、二転、三転するごとに衝撃を緩和したモンタナは、勢いが止まる頃にはきちんと両足を地面に着くことができていた。
それはそうと圧迫された肺がすぐには機能を再開することなく、モンタナは胸元を押さえてしゃがみこむ。
「うぅむ、やりおる……!」
ズブロクは髭をさすって呟く。
もしあの突きの一撃が必殺を狙ったものであれば、今頃自慢の髭の一部くらいは刈り取られていただろうと理解してのことだ。ズブロクは真正面から勝負を挑んできた前の二人も気持ちのいい若者だと評価していたが、それに触発されず、本気で自分の強みを押し付けて勝ちに来たモンタナこそ最も評価をしていた。
戦いは勝ってこそである。
ハルカが駆け寄った頃、モンタナは丁度呼吸を再開したところだった。
モンタナの全身は転がった際の傷であちこちが痛んでいた。しかしそんなことよりも、前二人の戦いを十分に見たのにかすり傷ひとつ負わせられなかった悔しさがある。
モンタナはぐっと唇をかみしめ空を見上げて、それからゆっくりと剣を鞘に納めた。
「負けちゃったです」
「いい勝負でした」
「もうちょっとできると思ったです」
「大口叩きよる!」
歩み寄ってきていたズブロクがモンタナの言葉を聞いて、厳めしい顔で大きな声を出した。
「最後の突き、ありゃあ儂が躱してなきゃどうなった?」
「耳、半分くらいは貰ったです」
「やはりか! 面白いことをするガキじゃ!! 十年、いや、五年後にはまた手合わせしようぞ!」
「……三年くらいでまた来るですよ」
「ふっ。ふっははは、何じゃこのガキ、見た目に寄らず豪胆な!!」
戦斧をしまったズブロクは両手でモンタナの頭を掴むと、グリングリンと撫でまわす。モンタナがその腕を叩いてやめろと態度で示すが、太い腕と笑い声は止まりそうにない。
一応けが人であるモンタナがかわいそうで、ハルカはつい手を伸ばしてその腕を掴む。
「ズブロクさん、その辺りで」
「なんじゃ、かわいがってやっとるだけじゃろ!」
そう言うがモンタナの目がぐるぐると回り始めている。
加減を知らない老人である。
「その辺りで」
辛うじて掴める太さである手首をもって、ハルカが無理やり腕をはがすと、ズブロクはぴたりと動きを止め、鋭い視線でハルカを見る。
「……おい、ハルカとか言ったか? ちょっと手を出せ」
「ええと、はい」
ごつごつの岩肌のような手がハルカの柔らかな女性らしい手を掴む。
「力比べじゃ」
ズブロクがぎゅっと手に力を入れる。
遠くから見ていたズブロク配下の兵士たちが「何してんですか!?」と悲鳴を上げたが、しばらくして冷や汗をかき始めたのはズブロクの方だった。
ズブロクが力を籠めれば込めるほど、ハルカから同じかそれ以上の力が返ってくる。身体強化をしてなお、みしみしと骨がきしむ音を立て始めたところで、やめどころに困っていたハルカが提案する。
「もうやめませんか」
「……負けか、何じゃお前。実は人ではないじゃろ。最初からなんか変じゃとおもっとったんじゃ」
口をへの字にしたズブロクがハルカを見上げる。
「ラーヴァセルヴ様が出張るには、あの竜は少々力不足に思えてな。さてはハルカ、お前に会いに出ていらしたんだな」
ズブロクの声は今までにないくらいに小さく、ハルカとモンタナくらいにしか聞こえない程度だ。これくらいの気遣いはできるらしい。
「……そのようでした」
「……ま、良い。特級冒険者なんてのは大体得体のしれない化け物じゃ。昔帝国にいる若作りの婆ともやり合ったことがあるが、お前さんほどではなくともまぁ、厄介じゃった。精々暴れてくれるなよ」
「最初にお伝えした通りです。私は戦いが好きではありません」
ズブロクは眉を上げてハルカをじっと見てから、髭を撫でながら首をひねる。
「変な奴じゃなぁ! じゃがすまん、前言撤回じゃ。お前は人のようじゃな。まったく、今日は面白い!」
ズブロクは眉尻を下げて困った顔をしているハルカに謝罪をして笑った。
ズブロクは圧倒的に強いものの気持ちが、少しだけわかると自負している。
人よりも遥かに強くても、大事にするものがあれば弱点もある。
どんなに化け物じみた力を持っていようとも、守りたいものがあってそのために東奔西走するような馬鹿はきっと人に違いない。
「よしよし、儂はお前らが気に入ったぞ。面倒な他の十頭がぐちゃぐちゃものを言ってきたら、あいつらの頭をぐちゃぐちゃにしてやるからな!」
「いえ……、できるだけ穏便に事を進めたいです……」
「遠慮するな!」
遠慮ではない。
本当にやめてほしいけれど、この豪快な老人にどうしてそれを伝えたらいいのか、ハルカは頭を悩ませることになるのだった。





